不穏な安楽死

蟒蛇
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安楽死に関するネガティブな記事が流れてきた。安楽死が法的に認められたカナダでは対象となる条件が年々広がり、社会的弱者が福祉支援よりも安楽死を選ばざるを得ないケースが度々出てきて問題となっているという内容だった。

https://president.jp/articles/-/77281?page=1

「人権後進国の日本で安楽死なんて認めたら、きっとこんなふうになるぞ」とよく語られているような惨状が、今カナダで実際に起きている。助かる見込みがないと判断された者や難病者が安楽死を選ぶことが増えたことで医療が発展しなくなったという、別の国の話も過去に読んだことがある。

明らかに日本よりも人権意識がまともな国々でこの体たらくなのだから、日本で安楽死など認めたら比じゃないスピードで「弱者合法殺人システム」になるだろうな……


自分たちを縛るためにある憲法を積極的に「改正」したがる与党の政治家と、自分自身が利用を望んでいるわけでもないのにやたらと安楽死制度を作りたがるネオリベの人、一見異なる動機で動いているように見えるけどなんか重なる。

本来すべての人間が公正かつ平等に生きやすくするためのバランス装置であるはずの法という概念を、法があることによって初めて自由が尊重される当事者(この場合は市民や安楽死利用希望者)ではなく一部の強者にとって都合のいい利己的な理由で実現しようとしている点と、その動機を巧妙に隠しながら耳障りのいい言葉で民衆を扇動しているやり口は共通しているように思う。

どうしてこう、アンタらが一番手を出しちゃいけない議論だろ!って言いたくなるような人たちばかりが躍起になるんだろうか。逆説的に、事を進めようと意気込んでる筆頭がアンタらのような人間だってことが、進めちゃいけない一番の理由なんだけどね。

具体的に言うと、「金を稼げないどころか福祉を頼ってしか生きられない社会的弱者は、金の無駄だからさっさとこの世から退散しろ」という思想であるネオリベの人間が、人権意識が激低で社会的弱者が置き去りにされているこの国で安楽死制度を設けることに賛成するって、思惑がスケスケすぎるでしょう。

こういうことを言われたら、きっとネオリベたちは「そんなこと一言も言ってない!」「勝手な妄想だ!」と宣ってくると思う。でも、人間の意思や動機って直接的に表現したものだけでなく、日頃の発言内容から推し量れる思考と個々の行動を組み合わせた文脈によってある程度予測できたりもする。

例えば、「今住んでるところからだと職場が遠すぎるんだよね」「通勤に時間がかかりすぎて辛い」ということを日頃口にしていた人がある日お部屋探しサイトを見ていたら、この人は引っ越す決心をしたんだなって大抵の人が思うでしょう。「引っ越します!」って直接宣言してなくても。「アウトドアに興味があるんだよね」って最近ずっと言ってた人がテントとシュラフと調理道具を注文してたら、この人は近いうちにキャンプに行くつもりなんだなって思うでしょ。「キャンプに行ってきます!」って言ってなかったとしても。そういうふうに、文脈から何をしたいのかある程度予測ができることってある。例に出したのは日常の話だったけど、悪事や企みだって同じこと。

本来、死を選択する自由というのは、生にまつわる権利が最大限尊重されるシステムや社会規範が充実して初めて議論できるようになることだ。理由は単純で、死はやり直しができないから。

ピーク時よりはマシになったとはいえ未だに毎年2万人強が自死を選択せざるを得ない状態に追い込まれるこの自殺大国で、生活保護という憲法に則ったセーフティネットがバッシングされたりスティグマを背負わされるこの国で、人はみな等しく尊重されねばならないという人権の概念を教わっていない者が大半のこの国で、生の権利がこれ以上ないくらい尊重されていると言えるのか。

ネオリベたちは、最初に書いたように耳障りのいい言葉で惑わそうとしてくる。お金がない、障害がある、失業した、精神を病んでいる……そういった事情で自死を望む者たちの味方であるかのような顔をしてくることもある。

でも、よく考えてほしい。なぜ死にたくなるような状況を改善しようとはせず、社会に見捨てられた者たちが見捨てられることは当然のことであるという前提から思考がスタートしているのか。そのスタートは本当に正しい位置なのか。もっとずっと後ろの方に、数多の選択肢が広がっていたりはしないのか。

度々ここで書き綴っているように、自分は強い希死念慮がある。体調は心身ともに良くないし、大学でドロップアウトしたため職歴もなければ貯蓄もない。ASD傾向があるかもしれなくて、人間社会で生きる上でほぼ必須条件であるコミュニケーションが上手くできない。7年近く引きこもりで、リアルにもネット上にも友人は1人もいない。その上酷い蔑視や差別に晒される、女性、セクマイ、プラスサイズ、地方出身・在住者だ。

苦痛なく死ねたらどんなにいいかと日々思っている。それでも、他国ですでに問題が続出し、ネオリベの旗印となっている安楽死制度には大反対だ。

制度というものは一度できてしまうと多くの人間が巻き込まれる。その時になって慌てて止めても、犠牲になった人間は二度と帰ってこない。あらゆる変化に対して牛歩の極みである日本のことだから、止めるまでにも時間がかかる可能性が高い。まして、犠牲になるのは主に社会的弱者なのだから、余計に…… 残念ながら、自分が利用したいからという理由だけで賛成できるようなものではない。

安楽死制度の議論をする暇があったら、足りているとは言えない精神医療の進歩と拡充、セーフティネットの充実とスティグマ払拭、差別を禁止する罰則付きの法の整備、税制度の見直しと富の再分配などをマッハで進める方がよほど世のため人のためになる。

多くの人が死にたい気持ちになるような社会を作り出し、放置しておきながら、まるで救世主かのように安楽死制度を引っ提げてくるな。マッチポンプかよ。

@uwabami
オタクィアフェミニスト。社会やら趣味やら雑多に語ってます。 詳細なプロフィールや語りの傾向は固定記事にて。