ジャングルクルーズ

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ジャングルに行ったことがあるか。私はない。行きたいとも思わない。だって日本じゃ見たこともない大きさのモンスター系昆虫とか、ヤマタノオロチ並みの神話系爬虫類とかいるんでしょう……? それで昼夜問わず襲われちゃうんでしょう……? やだよ、そんな不喜処地獄みたいな土地。

じゃあなんで「ジャングルクルーズ」なんだよ。あ、もしかして某夢の国のあれ? ポンポン船に乗ってジャングルを巡る、あれ??

違います。満面の笑顔で元気いっぱい飛びだそうとしていたキャストのみなさん、ステイ!

私は以前から自宅をジャングルにしたいと思っている。行きたくはないけど、憧れてはいる。マイナスイオンが欲しい。日々老いていく体にはマイナスイオン。年々かすんでいく目には緑。とにかく私は部屋にジャングルが欲しいのだ。巨大な鎌状の爪を振りかざすようなモンスターも、全身から毒を噴き出すエイリアンもいない、安心安全な都会のジャングルが。朝日がまぶしくて、空気が清々しくて、床には何ひとつ落ちていない、そんな夢のような桃源郷。今のところジャングルのジの字もないな? ただのモデルルームだ。

都会のジャングルに必要なものは、とにもかくにも観葉植物だ。大小さまざまな観葉植物を置き、わさわさ繁る葉っぱたちを眺めながらリビングで珈琲なんか飲んじゃって、うーん憧れのおしゃんライフ。

が、実現する日は、今のところない。

観葉植物って案外管理が大変だ。我が家には天井に届きそうな(実際届いたので泣く泣く剪定した)エバーフレッシュがいる。その名も「みのる」。このみのる、まあ元気なこと元気なこと。我が家にやってきた八年前はまだ貧相なひよっこだったのに、マンション特有の暖かさのせいなのかぐんぐん成長し、「オレの天下じゃ!」と言わんばかりに人間の空間を侵食していった。気づいたらみのるの葉っぱが邪魔でテレビが見えなくなり、みのるがわさわさ増やした枝葉がビングと廊下を隔てるドアを覆い、普段温厚な夫は静かにブチギレていた。これだけならまだいい。うんうん元気でなによりねえ、と縁側で茶をすすりながら孫を愛でる祖母の心境で見守れていた。だがあまりにも大きく育ちすぎたみのるは、我が家の問題案件へと成り果ててしまった。

まず、持ち上げられないのだ。

みのるがまだガキんちょだったころ、水やりといえば風呂場だった。ほうらほうら、恵の水だよ〜てな感じで、シャワーでじゃばじゃば水をぶっかけていた。土から根から葉っぱまでずぶ濡れになったみのるの幸せそうな姿……そんなみのるを眺めるのが私のささやかな幸せでした。うん。だいぶ盛ってるけどね。

それなのに、育ちすぎたみのるは、もはや私の手では持ち上げられないほど重くなってしまったのだ。そもそも平時で180センチぐらいあるみのるだぞ。私が持ったら軽く2メートルは越すわけで、天井にがさがさこすれてしまうわけです。傷むじゃないですか。痛むじゃないですか。そうなるともうじょうろでちょぼちょぼ水を注ぐしかなくて、なんか悲しい。鉢の前にしゃがんで土だけを見つめる、ぼさぼさ頭で汚い部屋着の女を想像してみてほしい。悲しいだろうが。おしゃんライフはどこに行った!! 妖怪水やりばばあは大問題だし、みのるだって水浴びしたいだろうよ。

葉水をすればいいじゃん。そうだよ。してるよ。だがここで思い出してほしい。みのるは我が家の問題案件だということを。

みのるは元気いっぱい育ちすぎたせいで直径2メートルぐらいある。そこに水をかけるんだぞ? 床がどうなると思う? 毎朝びっちゃびちゃだよ。うるおっていいね。って話じゃないんだよ。霧吹きを侮ることなかれ。舐めてかかったら泣くほど濡れるからな、床が。

カーペット敷けばいいじゃん。そうだよ。敷いてるよ。だがここで思いd(以下略)。

玄関マットサイズじゃなんの意味も成さないことに、なぜ買う前に気づかなかったのか私は。大きな大きなみのるの足下にちんまり鎮座するミニカーペット。さながら力士の口元を覆うアベノマスク。世間がざわつくほどの違和感。ねえ……あれ……どうなの……防御力あるの? そこかしこで囁かれるであろう滑稽なサイズ感。びちゃびちゃに濡れる床。もちろん防御力はゼロ。ああ大問題だ。

もうひとり(?)我が家には観葉植物がいる。その名も「さとし」。このさとしとは、もうかれこれ15年くらいの付き合いになる。パキラのさとしはなんというか、とてもジャパニーズ観葉植物だ。良く言えば奥ゆかしい。悪く言えば地味。盛りのついた猫みたいにところ構わず繁殖するみのるとは違い、さとしは非常に進捗ゆるやかな子だ。15年経って伸びたのは20センチほど。くう……なんて慎ましやかなんださとし。おまえは本当に原産国南米か? 冬になれば葉っぱを落とし、生まれたての雛の羽毛のようなスカスカぽやぽやスタイルになるさとし。さすがに最近ハゲが目立ってきたね……?

さとしはずっと部屋のすみに佇んでいる。日当たりのいい縁側で、おじいちゃんおばあがちゃんが寝てるでしょう。ずーっと寝てるでしょう。たまに生存確認のため口元に手を当ててみたりするでしょう。さとしはまさにそれなのだ。さとしが作り出す空間はもはやジャングルではなく盆栽の世界。WA・BI・SA・BIだ。静かな静かなさとし。水やりの間隔がしばらくあいても変わらず静かに佇むさとし。さとし、おまえは本当に箸が転げても踊る国の生まれなのか? ヘイ! チョップスティックが落ちたヨ! 踊ろうゼ! 的な情熱はないのかさとし。そのうちあなたがいるコーナーは枯山水になってしまうよ。ああこれはこれで大問題だ。

さて、次は――まだ続くの⁈ と食い気味に思ったそこのあなた。ピンポンピンポーン! まだ続きます! だってジャングルは広大ですもの。語るにはまだ文字が必要。語らせてくれ。

さて、次は我が家の新顔を紹介しよう。多肉植物の「ベリオロス」だ。みのる、さとし、ときてベリオロス。なんだこのひとりだけ異世界から来ましたみたいな名前は。みのる、さとしなら次は「まさひろ」とかじゃないの? ね〜。さてはおぬしSLAM DUNK世代だな?

紹介しといてなんですけど、ベリオロスはね、小さすぎてジャングル構成員失格となりました。入団したその日に戦力外通告です。元ハンカチ王子だってもう少し頑張ってたけどな。

ね、わかったでしょう。ジャングルを作るのは大変だってことが。

我が家のジャングル化完遂はまだまだ遠い。今日も床は水浸しだ。あーあ、ジャングルクルーズで癒されてこようかな。

@uzu_uzu
エッセイ書いてます。いかにくだらなく、いかにアホな内容を提供できるかをまじめに考えています。 ごくたまに創作もするよ。