人生は懺悔の連続である。
まさか二回目の懺悔を披露することになるとは思ってもいなかった。
こんにちは。歩く黒歴史です。犬も歩けば棒に当たるように、わたしも歩けば歴史を刻む。禍々しい色と臭いを放つヘドロのような歴史を。とはいえ、だ。さすがに佐藤(仮)さんのご本尊をガン見するような犯罪級の間違いはもう犯さない。今回の懺悔はわたし史に燦然と輝く黒歴史の中でもあまり目立たない系のかわいらしいものだ……と思っているのはわたしだけかもしれない。どうぞ読んだあなたが判断してください。
先日ひさしぶりに飲みに出かけた。ヘルニアとの死闘を経てからすっかり酒と縁遠くなっていたのだが、お誘いがあったので自宅から近いしいっちょ行ってみるか、と軽い気持ちで指定されたビストロへ向かった。これが間違いだった。
酒から遠のいていたわたしはすっかり忘れていた。自分がワインを飲むとすぐに酔う女だということを。
自己弁護のために言っておくと、わたしは酔ったら陽気になる。泣くことも怒ることもないから基本的に無害だ。普段から大きい声のボリュームがさらに上がり拡声器を通したようにはなるが、それはまあどの酔っ払いもそうだろうと思っている。とにかく、わたしはへらへらげらげら笑うご機嫌ドリンカーなのだ。
さて、ここでみなさんに問おう。ご機嫌なら何をしてもいいのか! いいわけがない! 答えを聞く前に答えを出すのがわたしのやり方。読者を置き去りにしていくスタイル。問題の提起も解決もすべてこの手で行います。
いいわけがない。その通り。酔っ払いは静かにしていろ。このひと言しかない。それではここからわたしの懺悔の始まりです。今まではただの前振り。本編はまだ始まってもいなかったのだ。わはは。
前述の通り、わたしは酔ったら陽気になる。つまり陽キャになる。普段からパーリーピーポー的ウェイ系女子なら酔って騒いだ程度では何のダメージも受けないが、何を隠そうわたしは陰キャ。こんなにくだらなくて目にうるさいエッセイを書くのは、これが文章という架空の世界だからであり、実際のわたしはおもしろくもないしアドリブ下手のただ声が大きい中年。というわけで、酔いが醒め現実に戻ったあとの精神的ダメージが甚大なのである。だからこうして懺悔を書くのだ。始めると言っておきながらまだ本編は始まっていない。これがわたしのエッセイ。
ここから。本当にこここから始まるから。
飲酒をすれば尿意を催すのは自然な現象だ。だいぶいい気分になってきたころ、わたしはちょっと失礼しますよと席を立った。小さいビストロのため手洗いはひとつだけ。誰かが使っていれば自分の番を待つしかない。わたしは待った。トイレ行きたいな〜早く前の人出てこないかな〜と思いながら待った。出てこない。前の人が出てこないのだ。え? 何してんの? 寝てんの? もしかして具合悪い? え? 漏れるよ? いいの? 相変わらず出てこない。目の前にあるのは天岩戸か。ならば踊るしかないのか。踊ったら漏れる。これは困った。ん〜困った。こんなとき、ただ待つしかない人間が取る行動は大きく分けて二つ。じっと待つか気を紛らわせるか。わたしは後者を選んだ。じっと待っていたら漏れるから。
小さいビストロ。手洗いの目の前には半個室のようなテーブル席があった。壁に寄りかかりじっとしているなかふと横を見ると、その半個室でてとてと歩きのヤングボーイが、順番を待つわたしを思いきり意識しながらてとてと歩いていた。ふうん。かわいいじゃん。アルコールによって偽陽キャになったわたしは迷うことなくヤングボーイに話しかけた。
「何してんの?」「飽きちゃったの?」「何食べた?」「おいしかった?」「ふふふ〜」「恥ずかしいの?」
新しい黒歴史の幕があいてしまった。このご時世、見ず知らずの人間にいきなり話しかけることは、わたしはやべえ奴ですと自己紹介しているようなものだ。たとえ相手がてとてと歩きのヤングボーイであろうとも、というか、てとてと歩きのヤングボーイだからこそ、親とのアイコンタクトをすっ飛ばしていきなり話しかけるのはダメだろう。どう考えても変質者だ。
家族連れの楽しい食事の場が一転、わたしに背中を向けていたヤングボーイの母親の背中には緊張が走っていた。あたりまえだ。背後に現れた謎の女がいきなりかわいい我が子に話しかけたのだから。てとてと歩きながらわたしをめちゃくちゃ意識しつつ思いきり無視するヤングボーイ。尿意から意識をそらすためだけに彼に話しかけ続けるわたし。恐怖に震える母親。小さなビストロの手洗いの前は修羅場と化していた。だがわたしは酔っ払い。アルコールによって生まれた偽陽キャ。怖いものなんてない。怖がって!
「ポテト食べたの?」「おいしかった?」「よかったね〜」「んふふ〜」「恥ずかしいんだ?」
止まらない。マジで止まらない。延々話しかける女。怖い。ホラーだ。
変質者! 変質者がいます! 母親の気持ちを代弁すればこれに尽きる。急に現れた女が、なぜかどこにも行かず背後からかわいい息子に話しかけてくる。これって通報案件なのでは? おお神よ我らを救いたまえ!
母親の祈りが天照大神に通じたのか、天岩戸がひらいたのはその瞬間だった。
あ、トイレあいた〜酔い潰れて占領するには早い時間だぞ〜弱いなら飲むなよ〜他人に迷惑かけたらあきません〜。どの口が、と各方面からツッコミが入りそうなことを考えながら新天岩戸に吸い込まれていったわたしは、溜まりに溜まった尿とともに、てとてと歩きのヤングボーイとの時間をすっかり下水の向こうに流し去った。気分爽快で手洗いから出たらもうすっかり目の前の半個室にいる家族のことは頭から消えていた。次は何を頼もうかな〜とるんるん気分で席に戻った。最低。
翌朝、ぐっすり眠ったくせに若干の二日酔いを抱えたわたしは、自己嫌悪に震えていた。怖い……自分が怖い……怖いものなしの自分が怖い……。
これはわたしの懺悔のエッセイだ。何の罪もない母親を恐怖のどんぞこに突き落とした最低で最悪の女の懺悔。新たに刻まれた変質者の行為を、水洗トイレの流れとともに記憶のはるか彼方へと放流してしまいたい。できるかな。無理だろうな。だって本当に最悪だったもんな。全国の絶賛幼い子どもを育てるお母様方。悪気がなかったとはいえ申し訳ございませんでした。
これ以上黒歴史を生むようなことがあれば、ごろんごろんしすぎた床はぴかぴかに輝き始めつるつるすべる始末で我が家は阿鼻叫喚の地獄絵図になりもうライフはゼロよ……って未来が容易に想像できる。怖い……黒歴史が怖い……。
人生は懺悔の連続だ。もうアシタカさんのフォローだって望めない。南無三!