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酒とヘルニアとキリストと女

渦
·
公開:2026/10/6

人類の歴史は紀元前と紀元後で分けられる。

キリストの生誕前後で歴史は大きく変わる。激動と波乱と幸福に満ちた紀元後を生きる我々は、まさにキリストの申し子。まごうことなきキリストチルドレンだ。小泉チルドレンなんかよりよほど歴史と重みがある。

いろいろあります紀元後の生活。人間社会の発展と繁栄はキリストの存在あってこそ。

そうはいってもわたしは純ジャパニーズ。キリストとは縁遠い。宗教観のちがいはどうにもできないので、「高祖父の祖母の父親の従姉妹の親戚にものすごい偉い人がいたらしい」ぐらいの距離感でわたしはキリストを捉えている。なんならキリスト教と聞いて思い浮かぶのは、社会の教科書で見たフランシスコ・ザビエルの特徴的な容姿だ。さらに言えば、メル・ギブソンが監督を務めた、キリストが処刑される前の最後の十二時間を描いた映画「パッション」における日本プロモーション担当おすぎ氏の、「痛い痛い! 鞭打ちの刑!」というキャッチーなコメントの方が、キリストよりもはるかにわたしの心をわしづかみにした。そんな日本人にとってはとても曖昧な、だけども唯一無二の男に、我々の時は支配されている。

キリスト基準の暦をベースに生きていて困ることはない。何もない。ありがとう、あなたが生まれてくれたから今があります。キリストの恩恵を余すことなく受けている我が身である。

とは思うものの、ここでひとつ言っておきたいことがある。

キリストが歴史の転換期を作った偉大なる時の支配者であることは変わりないが、わたし個人に限って言えば、渦の歴史はヘルニア前と後で分けられるのだ。

2024年にヘルニアを発症して以来、わたしの歴史は大きく変わった。

酒を飲まなくなったのだ。

わたしは生粋の酒飲みだった。ヘルニア発症までは、365日飲酒を欠かさず、休日は朝の九時から飲んでいた。ビール、ハイボール、日本酒、ワイン、我が家の冷蔵庫にはいつも何かしらの酒が常備されていた。

わたしは酒を愛していた。

仕事から帰ってきてまずすることは、冷蔵庫をあけて冷えたビールをのどに流し込むことだった。真っ暗な部屋で、キッチンの明かりだけつけて、着替えることもせずビールを飲む。アルコールへの飢えが満たされたところでやっと動き出す。それがわたしだった。「あんたアル中一歩手前やで」。夫は何か汚いものを見るような目でわたしにこう言っていた。

そんな酒に溺れる生活を一変させたのが、ヘルニアだった。

あれだけ酒がないと生きていけないと豪語していたわたしが、入院から自宅療養期間の断酒を難なくこなしたことが功を奏したのか、ヘルニア後は特別意識もすることなく酒量を減らしていった。ここ最近は家では一滴もアルコールを口にしていない。それどころか「ノンアルっておいしい〜♡」とか「ビール一杯で十分〜きゃぴ♡」とか言っているのだ。恐ろしい。これは旧約聖書でいうところのノアの方舟案件である。世界が終わるほどのぶっ飛んだ出来事という意味で。

ヘルニア前のわたしを知る人は皆、わたしがもう酒を飲まないと聞くと驚く。え⁈ あの渦が⁈ うそでしょ⁈ という顔をする。ね。わたしも自分で驚いているよ。

わたしが酒に溺れたのは、ひとえに育った環境のせいだ。わたしが生まれた家は全員が酒豪だった。酒豪というよりも、無類の酒好き。最大六人で生活していたときの実家のエンゲル係数はかなりのものだったと思う。

実家の夕食に米と汁物はなかった。毎日が晩酌。米? それは朝に食べるものです。みそ汁? それも朝に飲むものです。幼少期からこう教育されて育ったわたしは、もちろんそれが世間のスタンダードだと信じ込んでいた。夕食は酒に合うメニューであることが大前提で、酒を美味しく飲むためにたくさんのおかずをこしらえる。祖父母と同居だったこともあり、実家の食卓にはいつも五品以上のおかずが載っていた。これが当たり前の夕食であり、それを囲んで酒を飲むのがスタンダードな家族の姿なのだと思っていた。結婚したばかりのころ、夫が夕食に米とみそ汁が欲しいと言い出したときは、こいつ頭おかしいんじゃないか? と本気で彼のことを心配した。今になって思えば大変失礼なことを思ったものだ。

そうしてわたしは酒飲みからの偏った教育を受け、若いころからがぶがふ酒を飲む生粋ののんべえになったのだ。酒の席での失敗談は数知れず。暗黒歴史のオンパレード。佐藤(仮)さんの股間を凝視したあの蛮行よりもひどい黒歴史は、一生わたしの心の奥底に封印しておきたい。とにかくわたしの酒に溺れる人生はこうして始まった。

あれから幾星霜。わたしはヘルニアを機に酒飲みを卒業した。

人間て、酒がなくても生きていけるんだな。これがここ最近わたしがしみじみ感じていることだ。酒がなくてもごはんはおいしいし、酒がなくてもごきげんでいられる。酒の代わりに米を食べるようになっても太ることはないし、酒がないと眠れないなんてこともない。

酒を飲まなくなったというと、健康になるねと返されることがある。酒は百薬の長といわれるが、たしかに飲み過ぎれば体に毒となる。わたしの飲み方はあきらかに毒物の摂取だった。それを断つんだから健康になるのは当然の帰結だろう。

ところがどっこい、人間という生き物は予想を裏切るものなのだ。酒を飲まなくなって劇的に健康になったかといえば、実はそうでもない。正直なところわたしの体に大きな変化はない。酒に溺れていたころも肝機能の数値は基準値内だったし、トイレはいつだって近い。米をたくさん食べるようになったのは日本人として誇らしいが、米は昔から好きだった。酒を飲んでも飲まなくてもむくみは毎日つきまとうし、シラフのときでも声はデカい。

酒を絶ってよかったことって何だろうか。強いて言えば、飲みすぎた翌日の胃もたれがなくなったことぐらいだろうか。喜ばしいことだけど、とても地味だ。

だがこうも言える。そんな地味な変化しかもたらさない減酒でも、わたしは自然と受け入れた。それがヘルニアの力なのだ。

人生とは何が起こるかわからないものだ。キリストは一躍時の人になったし、わたしは一躍シラフの人になった。

ここまで書いてようやく、酒を飲まなくなったことで得られる最大のメリットがあることに気づいた。

酒の席での失敗がなくなり、わたしの個人史を暗黒歴史で塗り固めるおそれが消えたことだ。これは非常に喜ばしい。これ以上どこにも書けない吐き出せない人生の汚点が増えることがないのだから。

ヘルニア生誕後を生きるわたしの人生は、ヘルニアに支配されている。キリストよりも圧倒的な存在感で、ヘルニアはわたしのなかに息づいている。「痛い痛い! 鞭打ちの刑!」がキリストの標語なら、「痛い痛い! ヘルニアの腰!」が渦の標語だ。それだけ強烈な爪痕を残したのだ、ヘルニアというやつは。

今日もわたしはキリストに時を支配されながら、ヘルニアに個人史を支配されている。

一変したヘルニア後の生活。大きな変化のない体調を維持しながら、わたしは夕食に米を食べみそ汁を飲む。

@uzu_uzu
エッセイ書いてます。いかにくだらなく、いかにアホな内容を提供できるかをまじめに考えています。 ごくたまに創作もするよ。