ミセスグリーンノッポさん

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公開:2026/3/12

週に二回、わたしは親族が院長を務める鍼灸院で受付嬢をしている。椅子に座りぼんやりと過ごし、ネットサーフィンをしたり読書をしたり、合間に受付と会計をするだけの非常に簡単な仕事だ。

親族経営のゆる〜い職場である。受付なんて誰にでもできる。だがしかし、この受付嬢ってものには意外と向き不向きがあることをわたしは知っている。

受付は窓口であり入口だ。来院した患者はまず真っ先に受付と対面し、電話をする患者は受付の対応で医院の印象を決める。ここで営業ヴォイスと営業スマイルが出せるかどうかで、患者の態度が大きく変わるのだ。

いかに自然に歓迎の態度を見せられるか、いかに自然に「あなたのことを存じておりますよ、いつもありがとうございます感」を出せるか。これが受付に必要なスキルであり、これができないと患者からの信頼は得られない。

受付からすれば何百人いる患者のひとりでも、患者からすればわたしはたったひとりの受付嬢なのだ。その嬢から「あなたのことはちゃんと覚えてます」と態度に出してもらえたらどうだろう。自分はこの場所で特別扱いされていると思う人は多いだろう。そこまであからさまに感動はしなくても、人は自分が受け入れられていると感じると、何だかこの場所は居心地がいいなあと思うものなのだ。想像してみてほしい。病院でも企業でも、受付での対応が気持ちよかったら、へえ〜いいじゃんここ、となるだろう。それこそ受付のスキルであり、我々はまんまと彼らの手のひらの上で踊らされるのだ。

誰にでもできる簡単な仕事でも、一歩先を行くために必要な要素はある。窓口でも電話でも、この技を不自然にならないようにさらっと出せる者が、受付トップランカーになり得るのだ。

じゃあおまえはどうなんだ? 素質あるのか? と思われて当然のわたしである。

あるよ!

だからこんな話を書いているのだ。自分で言うのもなんだが、わたしは受付嬢の適性がある。ゴリゴリナチュラルメイクのように、一見すると生まれたままの姿なのに実はあらゆる武器を仕込んでいる。みたいなもんで、誰にも気づかれないところでわたしは超自然的好感度MAX営業をこなしているのだ。

そんなこんなで「何の取り柄もない田舎のおばさん、実は最強の受付嬢でした」という、なろう系を地で行く(行ってない)わたしである。

物語には敵が必要だ。急に何だって話だが、なろう系を地で行く(行ってない)わたしなので、やはり「なろう系長文タイトルであらすじバッチリご都合ナーロッパファンタジー」の世界観をベースに話を構築する必要がある。いやない。「」を言いたかっただけだ。なろう系におけるナーロッパはご都合主義の極みな感じがして好きだ。

なろう系SSランク受付嬢であるわたしだが、そんな世界最強クラスのスキルを持ってしても討伐に苦労する患者もいる。物語には敵が必要だし、わたしはなろう系を地で(行ってない)——ということで、今回はファンタジーで言うところの魔王、つまりクセ強患者の話を書こうと思う。

魔王は最近医院に通い始めた。

その日もわたしは朝から営業スマイルと営業ヴォイスで患者対応をしてた。そして時刻は午前十時二十分、魔王は来た。

滑りはいいがそれなりに重い引き戸を、バンッとひと息に開けた魔王は、ぬんっと顔を出すと(この時の効果音は絶対に「ぬんっ」だ。ぬんっしかありえない。それぐらい魔王はぬんっと現れたのだ)、女性にしては重低音な声で「ねえ、わたし何時から?」と先制攻撃を放った。

くっ……名乗らずに時間だけを訊くとは……こいつ、強い……! SSランク受付嬢もこれには被弾した。知らねえよお前誰だよ案件だ。だがしかしわたしはSSランク受付嬢、この程度の攻撃で膝をつくことはしない。

「〇〇さんですか?」と質問を挟みつつ魔王の挙動を窺う。

「そうよ〜」

くっ……意外とノリがいいぞ……こいつ、強い……! しかし声が低い! さすが魔王!

「でしたら十時半からです。お掛けになってお待ちください(にこっ)」

「あっそ」

くっ……ノリがいいと見せかけての塩っ! こいつ、強い……!

とまあそんな感じで魔王は終始自分のペースで動いた。さすが魔王、こちらの困惑など気にもしない。

待合室の椅子に座った魔王を、わたしはしげしげと観察した。魔王はソバージュとパーマの間ぐらいのカーリーヘアを緑色のチューリップ型ニット帽に押し込んで、それチェックですか? それとも幾何学ですか? と目をこすってしまうような派手柄派手色の上着をさらりと着こなし、そんなに目立っていいんですか? と問いたくなるほど明るい柄パンツを穿いていた。

派手なノッポさんがいた。

わたしの視線を感じたのか、のそっと立ち上がる魔王。ずかずか歩いてくる魔王。「ねえ」と問いかけてくる魔王。純粋にビビった。

「あたし腰痛なんだけどさぁ。治る?」

あたし腰痛なんだけどさぁ。治る?(あたし腰痛なんだけどさぁ。治る?)

あたし(あたし)腰痛(腰痛)なんだけど(なんだけど)さぁ。(さぁ。)治る(なおる)?(?)

し、知らないっ!!!!!

わたしの意識はそこで途切れた。

ハッと気づくと魔王の施術は終わり会計するだけになっていた。受付前に立つ魔王は心なしかご機嫌だった。

「ねえ」

ひいっ!

「腰痛よくなったわ〜」

何も言えなかった。SSランク受付嬢が敗北した瞬間だった。

るんるんで帰る魔王の背中を見送りながらわたしは思った。

院長って、勇者だったんだぁ。

@uzu_uzu
エッセイ書いてます。いかにくだらなく、いかにアホな内容を提供できるかをまじめに考えています。 ごくたまに創作もするよ。