ズッコケ三人組に朝がきた。正確に言うと、BBAと中年に朝がきた。
私は毎朝5時半に起きるので、たとえ国が変わっても、朝ごはんを所望する猫の絶叫が聞こえなくても、目覚ましをかけずにその時間にパチリと目が覚めるのである。まだ暗いホテルの部屋。さすがにだれも起きないわな……起きてたよ。さすがBBAは朝がはやい。「何時に起きたの?」「4時すぎ」
夜明け前のさらに前。
「さすがに早いわ」「そんなに長いこと眠れないのよう」「あーわかる」「あんたも歳とったわね」朝から余計なひと言である。
女たちが老いを語るなか、真ん中のベッドではぐうぐうと寝こける姪。BBAと中年は声のボリュームを調整することなく、いつもの音量でしゃべっているのだが、ぜんっっっっぜん起きない。「これが若さか……」「そうねえ」若さとのエンカウント。BBAと中年の意見が一致した瞬間である。
昨夜のチキンの余韻を引きずりつつ(しっかり歯磨きしたのに居座るにんにくの気配と、心に深く刺さったヨーグレットの衝撃)、朝の支度にとりかかる。インスタントの珈琲を飲み、温泉に入ったときのような「あ゙〜沁みる」が腹の底から生み出されるうしろでぐうぐう寝る姪。「ねえ、まだ起きないよあのこ」「若いわねえ。あたしなんて寝てられないわよ」「でしょうね」二度目の若さとのエンカウント。この旅で学んだこと。ティーンはひたすら眠る生き物だ。
さすがにお腹が空いてきたので、眠り姫を起こしにかかる。姪の素晴らしいところは寝起きがすこぶるいいところだ。呼びかければ数秒うなってすぐに起き上がり、なんと40秒で支度した。ドーラおばさまもびっくりの速さ。え、シャワーしないの? そっか、ティーンはあぶらとかにおいとか出ないのか。整えるなんて言葉は存在しないのか。そっか。そっか……と、若干のショックを受けつつ、私は母と姪を引き連れ朝食を買いに街へ出たのであった。チキンの反省をいかし、朝ごはんは普通の(しょっぱいものならちゃんとしょっぱく、甘いものならちゃんと甘い。要はこちらの想像の味どおりの)ものにしようと意見が一致した。というか私が決めた。異論はもちろん認めない。
「パンだ! パンを食うぞ! パンと珈琲! これで決まりだ! パンは裏切らない!」
鼻息荒いkurokoを筆頭に、ネットで調べまくり見つけた、ホテル近所のおしゃれパン屋に突撃したズッコケ三人組。店内に一歩入れば焼きたてパンのいい香りが漂っていた。これは期待大。わくわく。クロワッサン、ソーセージドッグ、青葱入りのクリームをサンドしたベーグル、クリームチーズパンを選び、ついでに珈琲もテイクアウトして我ら三人衆、もとい私、は意気揚々とホテルに帰還した。念願のふつうのごはん。しょっぱいパン。普通の味のパン。私は自信に満ちあふれていた。これなら絶対に間違えない。いざ、実食!
…………………………もぐ……………………………もぐ………………もぐ…………………………………ごくん……………………………………………………(戸惑いながら咀嚼し、そして飲み込んだ一連の心情を表してみました)
あ……あ、あ、あ、甘い……。
なぜだ……なぜソーセージドッグが甘いんだ……。愕然としたまま歯形がついたパンを見下ろす私。あ、テカテカしてる。
はちみつ……ってコト⁈
どうしてはちみつをかけるの……ねえ……ソーセージのパンはさあ、しょっぱくていいじゃない……なぜ……はちみつなの……はちみつはさあ、甘いパンを甘くするために使おう、ね? ここからはもう怒涛の甘々攻撃だ。青葱入りのクリームも甘かった。どうして葱入りのクリームが甘いの。葱だよ。カッテージチーズとかサワークリームでいいじゃん。姪が選んだクリームチーズパンもすこぶる甘かった。クリームチーズってさ、クリームチーズの味がするものじゃないの? なんで甘いの。
両隣を見れば「おいしいけど、なんか、ねえ?」みたいな顔でもぐもぐしている母と姪。これはもしかして、昨夜の再現なのでは……?「クロワッサンはおいしいけど、ほかは甘いわね」「うん、まあ、ね」やばい。これは、やばい。「はい。ごちそうさま」出た! たったのふた口でギブアップ宣言! まてまて。甘いパンを買ったと軌道修正して食え。もともと期待はしていなかったが、それでも期待はずれもいいところだ。昨夜の再来だぞ! 今朝こそ立て! 立つんだ母! なんのための4時過ぎ起床だ!「私はクロワッサンでいいわ」と、唯一ちゃんとクロワッサンの味がするクロワッサンを抱え込む母。もそもそする姪。おんなじ。全部がおんなじ。デジャヴ。私だってクロワッサンがいい!
隣を見れば、明らかに「もういいや」と思いながらもそもそする姪。というか「もういいや」って言いやがった。ブルータスお前もか。やめて。今朝もひとりにしないで。
「……残そう」
そう絞り出すのがやっとの私は、二食連続で敗北を味わったのだった。
※ここでひとつ言っておきますが、パンはおいしいよ。甘いパンだと知っていればもっとおいしく食べられたよ。私はしょっぱいパンが食べたかったんだ。
いつになったら2日目の観光もといショッピングツアーが始まるのか。いつでもどんな時でも前置きが長い私にはまだ無理だ。書けない。だって朝から珍道中すぎるんだもの。それに、ショッピングなんてひたすら姪の買い物に付き合っただけで、BBAと中年はただただぐったりしただけだから、書いてもおもしろくもなんともないのです。そもそもペラッペラの布にしか見えないんだよな、若い子の好む服は。ねえねえ、女の子はお腹冷やしちゃだめなんだよ?? って心の底から言いたかったけど、さすがにそれは野暮だとわかっているから言わなかったよ。耐えたよ。ちなみにショッピングツアー中、母はあまりのつまらなさに、終始真顔でもくもくと歩いておりました。修行でもしてるんか? 韓国のど真ん中で?
余談ですが、この日も猪突猛進ハリケーンBBAはすこぶる元気で、ひとり勝手に別の線の改札を通り、出られなくなるという騒動を巻き起こしました。なにやってんだBBA。お願いだから学んでくれ。ツアコンは私なんだ。(韓国の都度買い切符はチャージ的な仕組みなので、一度入った改札でもまた外に出ることは可能。そこは日本と違って便利。お金はかかるけど)