Smells Like Chunen Spirit

·
公開:2026/1/26

ハードワークの一日を終え、疲れ果てた体をソファに沈ませたとき、ふと鼻を掠めるにおい。なんだろうこの不安を煽るようなにおい。ガスでも焦げ臭さでもない、出どころさえわからない、そんな不確定要素しかないのに確実にこちらを仕留めにかかる気配だけはびしびしと感じられるにおい……。

これ、加齢臭じゃない?

てなること、ありませんか。あるよね〜。わたしはそんなことないなんて言わせな〜い。この場においてわたしの意見は絶対だ。

男も女も中年は(エベレストの標高差ほどの程度はあれど)みんなにおう。バチバチにキメたイケおじも、ゴージャスルックな美魔女も、みんな元気でみんなにおう。一本五千円する超高級シャンプー&ボディソープを使って鉄壁のガードを築いても、奴らは必ず突破口を見つけてくる。加齢臭とはそういうものだ。

中年というものは厄介な生き物で、体内で醸されたにおいがちょっと気を抜くともわんと排出されてしまう、という全人類が疑問を呈するであろうとんちき機能が標準装備されている。人間て、意味がわからないね。

「くさい」と言って思い浮かぶのはおじさんだ。早い人は二十代後半からそこはかとなくにおう。思春期男子の生命力あふれる臭さとは一線を画す、圧倒的なエンディングスメル。青々と茂っていた葉が時間とともに輝きを失っていき、一枚また一枚と散っていく。養分が届かなくなった葉は乾ききり、風に運ばれ命の循環という果てしない旅に出る——みたいな壮大な話ではないが、おじはやがて終わりゆく命を懸命に燃やしている。その副産物があのにおいなわけだ。

もしおじの体から放たれるのがエンディングスメルのみならば、世のおじは無敵のギャルたちに「加齢臭やば〜ウケる〜」なんて嘲笑われはしないだろう。終わろうとする者のにおいは不可侵領域。たとえ無敵の人であろうと言及することは許されない。

だが幸か不幸かおじは生きている。たとえ枯葉のように干からびていようとも、おじたちは今を懸命に生きている。

おじのにおいは戦いのにおいだ。エンディングスメルに生命力が抗うからこそ、お年頃のおじからは生と死のにおいがする。それが強ければ強いほど周囲に不快感を与えてしまうのだから、これはもう己の運命(さだめ)として受け入れて強く生きてもらうしかないのだが、我々だって「かわいそ〜」なんて余裕の哀れみを向けている場合ではない。おじ臭ほど主張するわけではないが、おば臭もたしかに存在するのだから。

体からじわじわと滲み出る皮脂、それこそにおいの源泉。朝の到来に呪詛を吐きながら起き上がったとき、ぐちゃぐちゃの布団からもわんと吐き出されるにおいに「ん?」となったことがある人は少なくないはずだ。

自分のにおいは安心感を与えてくれるものだが、洗濯して一週間経った枕からは、シャンプーや柔軟剤のにおいに混じってかすかに違和感が漂う。認めたくはないけど、大声で「わたしは無臭!」と言いたいけど、悲しいかな確実に異質な何かがそこにいる。う〜ん老い。ここ数年、寝具の洗濯頻度が爆上がりしたのは言うまでもない。

オナラをすると実が出ちゃう、と真剣に悩む中年芸能人をテレビで見たことがあるが、わたしはその人の気持ちがよくわかる。どうにもならないという点において。

実が出てしまうのもにおいが放出されるのも不随意運動なのだ。宇宙の彼方から波状攻撃を仕掛けてくる何かしらのレーダーに刺激され、無意識にぽろっと出てしまう、としか説明できない現象。こんなことしたくないのに体が勝手に動いてしまう。老いって、コントロールが効かなくなることを言うんですね。

道端に落ちた銀杏を踏んでしまったときのように、ふとした瞬間に意図せず異臭が放たれる。こんな仕打ちがあっていいのだろうか。社会に出てから絶えず打ち寄せる荒波に揉まれまくって消耗した体にこの仕打ち。こちとら限りある命を燃やして懸命に生きているんだから、せめてにおいぐらいは癒し効果の高いラベンダーの香りとかにしてほしい。

今日もわたしは朝からシャワーを浴び、ひしひしと皮脂が分泌される箇所を必死に洗う。とんちき機能を背負った人間の宿命にちょっとでも抗うために、昨夜着たパジャマも洗濯機に突っ込んだ。妖怪洗濯させろ婆と化したわたしは、家中の洗えるものを回収しては洗濯し、無臭に戻す作業を繰り返す。きっと夫はわたしが趣味で洗濯をしていると思っている。そんな夫を見てわたしは思う。なんて幸せな男なんだ、と。自分から放たれるにおいを無に帰す作業である可能性の存在をまるっと無視できるなんて、と。そしてわたしは、半ば夫の寝床と化しているソファに大量の、それこそ具合が悪くなるほどの消臭剤を振り撒き、クソ寒い真冬でも窓を全開にして換気をし、ふわふわ漂うエンディングスメルを追い出すのだ。

かつてニルヴァーナはSmells Like Teen Spritを歌い十代の少年少女の反骨精神に火をつけたが、Smells Like Chunen Sprit なんてものを歌われていたら、間違いなく世界は崩壊していた。だって中年のにおいはうつくしくない。全然、これっぽっちも、まったくもってうつくしくない。圧倒的エンディングスメルを一体全体どうしたら極上のエンターテインメントに昇華できるというのだ。たとえ時代の寵児だったカート・コバーンにも至難の業だったはずだ。なにせ加齢臭を歌にするなんて、なんの準備もせずにスペースシャトルに乗り込もうとするぐらいの無謀さなのだから。現代における神曲大量生産マン・米津玄師だって歌わないよ。

——さあ中年ども皮脂を落とせ。落としすぎてもよくないからほどほどに落とせ。そんでもって力強く生きていけ。臭いけどさ、マジ臭いけどさ〜。

なんて歌声が流れてきたらそのときは、きっとわたしは滂沱の涙とともにその曲をリピート再生することになるだろう。

これはにおいに振り回されるひとりの中年の、切実さの滲む独り言だ。

タイトルは(原題)Smells Like Chunen Sprit (和訳)「ああ悲しき加齢臭」

@uzu_uzu
エッセイ書いてます。いかにくだらなく、いかにアホな内容を提供できるかをまじめに考えています。 ごくたまに創作もするよ。