はやく人間になりたい!
と悲哀に満ちた声で叫ぶ妖怪人間がいるなら、
はやくイケメンになりたい!
とハンカチ噛み締めてむせび泣く女がいても不思議ではない。
美容、してますか(セコム、してますか風)。
ここ最近、奥歯にはさまったえのきのように、「美容」というワードが、常に私の頭のなかでチラチラとその存在を主張している。こういうのは一度気になるともうダメなのだ。「おはよう」と笑顔を向けてくれた男子を急に意識してしまう乙女のように、気づけばそのことで頭がいっぱいになっている。そうだよ。単純なんだよ。でも美容のやつもさ、乙女の心にするりと入り込むのがうまいのなんのって。魅力的な文句や写真を並べ立てられたらもう、単純な私は手を出さずにはいられない。そして手を出したら、何も知らなかったあのころにはもう二度と戻れない。私が極度の空腹状態でカツ丼を目の前に置かれた容疑者なら、どうして手を出したんだという刑事の問いに、「えのきが奥歯にはさまった感じで、気になってつい……」と泣きながら自白する自信がある。もちろんカツ丼を貪り食いながら。奥歯に居座るえのきはさっさと取り除いた方がいい。カツ丼はつゆ多めがいい。
美しくなるための情報がこの世界にはあふれかえっている。SNSのアカウントや広告、街中の看板、友人の言葉。美容関係の話を見聞きしない日ってなくない? ってぐらいには、私たちの生活に侵食してきている感がある。絶対に信用してはいけない旧Twitterの謎アカウントに踊らされるぐらいには、日々美容のことを意識しています。
だってお年頃だから。
……まてまて。お年頃はとうの昔に過ぎているぞ。というツッコミはご遠慮願いたい。今が美容開花の年なので! なんというか、良くも悪くもすこぶる肌が強かったせいで、ずいぶん前にキキキキキイッ!と爆音ドリフト決めて衰えコーナーを曲がったくせに、それに気づくのが遅れてしまったのだ。大学デビューに失敗して、だれからもアドバイスを貰えないままちんちくりんな格好でキャンパスを練り歩く、自意識過剰な痛い女。そんなやつだったのだ私は。だってえ、私お肌強いからあ、ビオレの化粧水だけで大丈夫だしい〜とのたまっていた当時の自分を張り倒したい。猪木ばりのビンタで。人には人の乳酸菌、大人には大人のケア商品。
気づいたときには自己回復不可。泣いたよ。なんでここまで放置したんだ……って。
ということで、ここ最近はずっと、肌改善とついでにダイエット、さらには長年の相棒である腰痛とも決別するための姿勢改善等、とにかく全身を変えるべく美容に励んでいる次第です。
さてさて、ここでやっとタイトルの「イケメン」登場だ。どうやら私は前置きが長くなるタイプの文章書き(プロではなく趣味ですよ)らしい。ここまでくるのに1000文字程度消費した。なにが奥歯にはさまったえのきだ。さっさと本題を言えよ。と思った方もいるかもしれない。でもいたら読まずに引き返してるか。第一回で話したマイスウィートおもしれー女以外にここまで読んでくれる人がいたら、その人とは仲良くなれると思う。よろしくお願いします。
ということで本題だ。私はイケメンになりたい。
美人ではなくイケメンだ。
なぜって? その方が断然お得だからだ。主婦歴が長くなると、いかに少ない元手で多くの還元を得られるか、というところに目が向きやすくなる。「今なら10%増量!」「一個買ったら一個無料!」とか見たら心躍っちゃうね。そしてまさにイケメンもこれに当てはまる(と私は思っている)。
最近よく見るイケメンたちは総じて美しさも兼ね備えている。小さな顔、透き通るような白い肌、充血知らずの白眼にうるうるした瞳、すっきりとした鼻筋、ぷっくりとしたくちびる。ねえねえ、あなた妖精さんの国からいらっしゃったの? と聞きたくなるほどの透明感。そう、彼らは男前であると同時に美人なのだ。
つまり、イケメンを目指せばその過程で美人の要素までちゃっかり得られるというわけだ。まさに一石二鳥! ね。イケメンになりたい理由、納得してくれるでしょう?
てのがひとつ目の理由。もうひとつ理由がありまして、実はこっちの方がウェイトが高い。
それが、女の子にモテたいというもの。私はただ単純に女子にチヤホヤされたいのだ。道行く女子に「うわあの人きれい!」って言われたい。あわよくばきゃあきゃあ言われたい。もうこの歳になると、異性の目とかあまり気にしないのです。気にしないというか、なんの得もないからいらない。だって夫以外からチヤホヤされたらそれすなわち、泥沼不倫劇へ一直線じゃないですか。べつに、生涯かけて夫を愛し抜くわ! みたいな妻をやってるわけじゃないんですけどね。でも不倫とか面倒だし、余計な火種は家庭に持ち込みたくない。私は平和を愛する女。それに既婚者相手にきれいだねとか言う男、気持ち悪くない? 考えすぎか? いやいやそんなことはない。既婚者相手に甘い言葉を囁くやつは滅だ。夫が「奥さんきれいだね」って言われる場面に遭遇するとニマニマ度MAXになりますがね。
そんなこんなで私は平和的にモテたい。だから女子に愛されるタカラジェンヌのような美しいイケメンになりたい。
ここでまた例のおもしれー女が登場する。彼女はたまに私をジェンヌと呼ぶ。単に背が高くてキツめの顔だからではあるが、ジェンヌと呼ばれるたびに私はほくそ笑む。
イケメンになりたい。
イケメン(=かっこいい美人)になって女の子にチヤホヤされたい。
とりあえず目下の目標であるおもしれー女を陥落させるため、私は今日もせっせと美容に励む。
あ〜イケメンになりたあ〜い!!!