この記事は「ふりかえりアドベントカレンダー2025(裏)」の3日目の記事です。アドベントカレンダー立ち上げ人のくせに、1枠最後に埋めればいいかなーと思ってたら表が速攻で埋まったので、裏に書き記していきます。
自分で言うのも憚られますが、おそらく日本で一番ふりかえりの手法を蒐集しているし、やっている人間です。
本記事では、複数人で行うふりかえり(主にReflection・Retrospectiveの文脈)においての手法の要否について、語っていきます。
ふりかえりに手法は必要なのか、不要なのか、という話。
私もよく相談される内容で、「Yes」とも「No」とも答えるタイミングがあります。つまり状況において異なります。
手法が必要とされる状況:初期と停滞
ふりかえりをやるのに慣れておらず、ふりかえりを教えてくれるトレーナーやコーチが身近にいない
普段話さないテーマでふりかえりをしようとしたときに、その場に応じたアジェンダの組み立てができない
ふりかえりがマンネリ化しているが、マンネリを脱する方法に検討が付かない
手法が必要とされない状況:熟達と発展
ふりかえりをやるのに慣れている
なぜふりかえりをするのか、というのが参加者一人一人が腹落ちをして語れる
参加者たちが自発的に発言し、対話ができる準備ができている
ふりかえりのテーマが明確であり、そのテーマに沿って話せば場の目的が達成される
私の感覚では、「手法は必要ない」と言いつつ、自身が行うふりかえりには、各手法の中に存在する「問い」「狙い」「ファシリテーションテクニック」などは細かく分断されて引き出しとして使えるような状態になっています。
いうなれば、カレー、サンドイッチ、チャーハン、ラーメン、などの料理をその場に対してふるまうのではなく、それぞれの材料・主原料(香辛料、野菜、肉、etc)や効能を知っておいて、味見しながら・お客様の要望に応じてライブで作りこんでいくイメージでしょうか。でも、これって誰でも出来ることではないですし、訓練しようとすると1-2年はかかると思います(私もそれくらいかかりました)。
「場に手法はなくてもよいが、手法のエッセンスはすべて役立つ。ただ、手法があれば全員の道しるべになる」という認識です。
手法はいる/いらないのどちらの主張や悩みも状況に応じては正しいですし、二元論的に双方を批判するのもあんまり好きではありません。が、私も手法いる派、いらない派の分断を作るきっかけとなるような書籍を作っているのに、場によっては「手法はなくてもよい」みたいな話をしてたりするので、それがポジショントークだと理解されずにそのままうのみにされてしまうのも本位ではありません。
ふりかえりって、楽しいんです。
うまくいく、いかない、できた、できない。そんなのも含めて、楽しんで、学んで、自分たちの成長の糧にできる。そんな活動として、世の中に定着してほしいな、と思いながら日々ふりかえりをしています。