.

ワコ
·

・強風で空が鳴っていると、自分のどうぶつの部分が恐ろしがっている 短4電池くらいの重さしか無い鳥、風が強まる前から地鳴きをしなくなる鳥、思い出したようにチュンチュク聞こえると安心する

・最近体感できる程度の地震の頻度が高い 今この水が出なかったら、1週間程度断水が続いたとして何がどれだけ必要か、と日常の動作で考えている

・「なにかを知ることは神様を忘れること」、神の定義と認識が曖昧で、良く言えば感受性を盾にした身勝手な導入のようだなと思う 知ることについて、世俗的になることなのか、無知を恥じ貪欲に学ぶことなのか 表現に意味はなくて、無責任であって、それを拠り所にする幼さのようなものが有効な期間は短いけれど、その分鮮烈なのだろう だからなんだろうな

・子どもの話を聞く時に、それはおとなになると大したことがないとわかる、それはもう経験しているが安心して良いことだ、という受け取り方をされると、子どもはまったくもって理不尽な気持ちになるのだ 子どもに限らず、年齢が進んだとしても 社会的な経験が浅い場合に限らず、初めての体験や不安に満ちた時の対応について、お前はそうかも知れないがこちらはそうではないのだ、という置換されてしまったことへの我慢のならないつらさがあるであろうことを忘れずにいないと、自分もあの時のおとなと同じになってしまう あの腰を折られ憤ることもできないいかんともしがたい空虚さ、それを「幼さ」で整理されること それを経験してこそ自他の塩梅を調節できるのもあるだろうけれども 閉ざすか開いて進めるかが変わるとも思う

@wacco
メモと絵