撤退すること

大学院の頃から一つのテーマをずっと研究し続けている人がいる。もちろん少しずつ変わってきたりもあるだろうが、同じ学会、同じ分野で同じ研究を20年、30年と続けられるのはすごいな、と思う。

自分の場合、そこまでこだわることのできる研究テーマを見つけることはできなかった。いろんな楽しいことに目移りしてしまうし、そこまで一つのことを追求するようなガラじゃない。

しかも、大学院から続けていた分野は消滅してしまった。その分野がある程度研究され尽くしたからだ。同じ学会に毎年行っていると、少しずつ人が減り、残っている人も少しずつ研究分野を変えていくのがわかった。小難しい理論を作って重箱の隅を突くような議論を続けている人の割合が増え、新しくて面白い研究発表がどんどん減っていった。

その頃、共同研究していたUさんにどうしたら良いか相談した。Uさんはずっとやってきたテーマとは全然違う研究を始めて成功していたからだ。そしてその後すぐ、その業績を掲げて大学の教授として移っていかれた。

「自分が実績のない分野でどうやったら新しく研究を始められますか?どうやったら研究費を獲得できますか?」「それは無理。とにかく人は実績しか見ないからね」「Uさんはどうやって?」「それは運が良かっただけ」

いろんな経緯を聞いたが、全く何の参考にもならなかった。

その後、研究分野を少しずつ変えようとして、ある程度までは成功したが、その仕事が軌道に乗る前に研究環境が悪化し、続けられなくなってしまった。だから自分の場合は全てを捨てて転職するという「ハードランディング」を余儀なくされた。新天地で年下の上司や同僚に頭を下げ、研究とは異なる業務を一から教わるところから始めたのだけど、仕事は楽しかったし、何やかんやでまた研究することが仕事になった。

その過程は長い話になってしまうので書かないけれど、それまで下積みとして地道に鍛えてきた仕事のやり方、人とコミニュケーションする技術、人を説得し、巻き込んで仕事を完成まで持っていくやり方、そういう技術が役に立った。そして、研究以外にも面白い仕事はたくさんあるし、別の仕事をしていてもふと、研究しなくてはいけないテーマが突然向こうからやってくることもある。

行き詰まったとき、もっと早く撤退を決断すれば良かった。撤退は悲壮な決断だったけど、でも実際は外の世の中も面白いことで満ちあふれているし、全てを捨ててしまっても踏み出してみれば案外なんとかなるものだ。今となってはそう思う。

@wandering_r
研究所で干されて引退しましたが、なんやかんやで論文書いたりしている雑草