年に2回は神社へ行く。だいたい12月と1月。
1月はもちろん初詣、今年もよろしくお願いします的なお願いをする。12月は今年もありがとうございました的なことを言う。お願いというか、感謝的なね。
僕は神を信じていないし、霊的なものも信じてはいないが、前述したみたいに生活の節々にどこかそれらを意識した行動をしている節があるのもまた事実。
運気とかもなんとなくある気はしてるし、前兆、運命、などもちょっとはあると思ってる。
そんなこんなで、昨日生まれて初めて占いに行った。
最近いろんなことに悩みすぎて、ちょっと自分を見失ってる気がして、半分エンタメとしてだけど半分マジで救いになればなと思って足を運んでみた。
部屋に入ったらまっていたのはカオスだった。第一印象、胡散臭い。
友達が先に占って、次に僕が占ってもらった。
占いといえば、タロットとか手相とかその類のものが第一に想起されるが、見たことのないカードと霊視による占いスタイルだった。
ただ、お金も払うし、聞きたいことは全部聞こうと思い僕は恋愛と仕事について占ってもらった。
結果を事細かく書くのは面倒なので端折らせてもらうが、占い師からは半分「確かに。」みたいな感じと、半分「本当かよ。」みたいなことを言われた。
僕は幸せになれるらしい。あと、関わる人の運気を上げるらしい。
上記はその一部。
たしかに、なんやかんや良かったなって方向いままでの人生進んできた気がするし、これからもそんな気がする。あと友人や家族で不幸になってる人いない。思い込みかな?
あ、僕の後ろには祖父がついてるらしい。支えてくれてる。心強い。
そんなこんなでいろいろ思うことはあったんだけど。はい、結局人生なんて自分次第。これに尽きる。
でも本当に精神がまいっちゃってるときはマジで気をつけた方がいいなと思った。
というのも、なんか人が霊的な何かだったり宗教だったりにハマったりするのもなんとなくわかる気がしちゃった。
辛い時、どうしようもない時って自分すら信用出来なくなって、「何か」にすがりたくなるよ。
今の自分はギリギリ平静を保っていて、決してスピリチュアルに染まってしまってしまってはいないはずだから大丈夫だけど。え、大丈夫だよね?
兎にも角にも当初の目的であった、見失っている自分を見つけることができたのかはちょっとよくわからないけど、また一つ人生の経験値のようなものが増した気がした休日だった。
あと、気づいたことがある。
僕の場合は心の支えとなるのは占いでも神でも迷信でもなくて、"人"と"芸術"と"音楽"。この3つ。
あ、ごめんあと追加で、"希望"。つまり未来に対する死なない理由みたいなもの。
この4つだ。
メンタルが健康な時にはここに"自分"も含まれるだろう。結局信用できるのは自分だしね。今の自分はあんまり自分を信用できてないからこれは無し。
なんだ。自分は見つからなかったって書いたけど、自分にとって大切なものを再認するきっかけになっただけでも十分じゃないか。
いつだって1人じゃないことを忘れずに、辛くてもしんどくても今を精一杯生きよう。