しずかなインターネット

日記やエッセイにちょうどいい
文章書き散らしサービス

ログイン

10月

whitenights
·
公開:2026/10/18

小川紳介の『牧野物語・養蚕編』(1977)を観た。小川紳介といえば三里塚シリーズだが、そっちは観ていない。というか、機会に恵まれず、小川紳介の映画自体観たことがなかった。代わりにバーバラ・ハマーの『Devotion ―小川紳介と生きた人々』(2000年)は観たことがあるのだが。

ウィキペディアで拾える程度の情報でしかないが、小川紳介は、60年に入社した岩波映画での仕事を経て、67年に小川プロダクションを設立すると、68年には地元の農民たちとともに生活しながら三里塚闘争の様子を記録したいわゆる三里塚シリーズを撮った。その後、70年代前半に山形県上山市牧野村に移住し、制作スタッフやその家族たちとともに共同生活を営みながら映画を作っていたのだという。

ハマーの『Devotion ―小川紳介と生きた人々』は、半ばセクト、半ばコミューンのようだった小川プロのスタッフの暮らす家や生活の様子を、彼の死後バラバラになったメンバーや関係者たちに聞き込みを行いながら紡ぎ合わせていったドキュメンタリー映画で、小川紳介という偶像を破壊する内容になっている。3〜4年前に一度観たきりで、この映画の内容は細部までは覚えていないが、スタッフやその家族(スタッフの子供もいた気がする)は映画制作のために生活のすべてを捧げることを要求されていたような、そんな印象を与える映画だった。

恥ずかしながら小川紳介を知ったのは数年前のことで、なぜ興味を持ったのかというと、実はこの牧野(まぎの)村というのが祖母の生まれ故郷だったからなのだった。『牧野物語・養蚕編』では、地元の人がこの地域のことをしきりに「部落」と呼ぶ様子が出てくるが、やはりとても小さな部落じみた村で、コミューンを作るには非常に適している地に思えた(この地域では「部落」という言葉に差別じみた意味合いはない)。

映画は、牧野で養蚕業を営む木村サトさん・木村修一さん夫妻とともに、お蚕さま(牧野の養蚕業界では蚕を「お蚕(こ)さま」と呼んでいたらしい)がたまごから孵ってから繭を作るまでの一ヶ月間に密着する、という内容になっている。蚕を育てるための教材としても有効と思えるほど、詳細にかつ論理的に蚕の育て方をまとめながら、サトさんが木村家に嫁入りしてから養蚕の仕事のリーダーになるまでの経緯や、牧野やサトさんの生まれ故郷の大門の文化、木村家の歴史などにも接近していく素晴らしい映画だった。

特に印象に残っているのはサトさんの語りと、彼女の弟子でありながら小川プロの人間であるナレーターの女性の語りの違いである。サトさんは基本的に非常になまった言葉しか喋れないし、マニュアルじみた質問に対してはちょっと方向がズレたような返し方をする。ナレーターはそれをとても気の利いたやり方で標準語に置き換えながら、語り直していく。しかもそれはサトさんを馬鹿にした感じではまったくなく、むしろサトさんの語りをより魅力的にするようなやり方なのである。彼女は語り手や媒介者でもあり、やはりそこで生きている人間でもあるのである。

この語りのなぞられ方、重なり方について、冒頭にもリンクを張った山形国際ドキュメンタリー映画祭の紹介ページでは「時間」という言葉を使って似たようなことが言われていると思う。

そして我々は蚕たちとともに長年生きてきたサトさんの「時間」を、小川らスタッフとともに共有することになる。この「時間」こそが、小川が牧野村に移り住み、以後の作品でも映画作家と百姓を兼業とすることで大きな広がりをみせるスタンスの基礎となるのである。

https://www.yidff.jp/97/cat091/97c094-2.html

冒頭で語られる地元の伝承も印象に残っている。昔、馬が大好きな姫がいて、遠くに遠足にいったが土砂降りが降り帰ってこれなくなったらしい。ある日、悲しんだ殿様が桑の葉を見ると、そこにとまっていた虫の背中に馬の蹄のような跡があったのだという。殿様はそれを見て、これは姫の生まれ変わりであり、背中の模様は馬が姫を最後の最後まで守ってくれた証なのだと理解し、それから蚕が大切に育てられるようになったのだそうだ。

映画を観たあと、母に連絡をとってみたところ、なんと、祖母の実家でも蚕を育てていたらしく驚いた。そういうこともあり、なんというか、小川紳介という東京生まれの家父長的な左翼映画監督によって撮られたこの映画は、意外に自分のルーツに近づくことを助けるようなものでもあったのだと思った。もしかしたら小川紳介が映画をとっていた1977年に、祖母の母である曽祖母も蚕を育てていたのかもしれないと思うと不思議な気持ちになる。

@whitenights
長めの文章を書く練習、リハビリ。