12月1日に東京ビッグサイトで開催される文学フリマ東京39に出店します。 新刊の歌集(既刊と収録短歌の重複あり)のあとがきを公開します。ぜんぜん違う文章に差し替えるかもしれませんが、とりあえず。
このたびは歌集『songs for a funeral』をお読みいただきありがとうございます。作者のれんれんと申します。
あとがきとして、天使と自転車倒しおじさんの話をしたいと思います。
十年ほど前、地元の自転車置き場で、ひとりのおじさんが、置いてある自転車を片っ端から倒していくところに遭遇しました。止めておいたわたしの素敵な赤い自転車も倒されてしまいました。おじさんはとてもいらいらした顔をしていました。何かの八つ当たりでそんなことをしているのかな、迷惑なひとだな、とわたしは思いました。その時のことを思い出して「自転車を倒して回るおじさんが生まれた時も天使は来たかな」という歌を詠んだのが今年の二月のことでした。不思議に思ったのです。あんな迷惑なおじさんでも、生まれた時は天使の祝福を受けたのだろうか?
できた歌を夫に見せると、「天使? そんなおじさんのところに来るわけないと思うな」と言われました。夫は迷惑なおじさんに厳しいのです。まあそうだよな、とわたしも思いました。その次に歌を見せたのはかつて助産師として働いていた経験を持つ身内でした。身内は「もちろん来たよ」と力強く断言しました。意外な答えだったので、わたしはびっくりして尋ねました。「どうしてそう思うの?」
身内は話してくれました。赤ちゃんにはいろんな子がいること。出産直後の分娩室は喜びに満ちた空間になることもあるし、そうはならない場合もあること。でも、生まれてきたのがどんな子であろうと、どんな空気が分娩室に立ち込めようと、助産師だけは必ず「よく生まれてきたね、生まれてきてよかったね、おめでとう」と思っているのだということ。
「助産師がそう思っているんだから、きっと天使だって分娩室にやってきて、おめでとう、おめでとうって思ってるよ。その子がどんな子で、将来どんな大人になるかとは関係なく」と身内は言いました。
そうだったのか、とわたしは思いました。あの自転車倒しおじさんが生まれた時、天使は助産師さんと一緒におじさんを祝福していたんだ。おじさん、あなたは祝福されて生まれてきたんだ。
その日、分娩室のかたすみで、いつか自転車倒しおじさんになるちいちゃなかわいい赤ちゃんを見てほほえんでいた天使のことを思うと、もっと短歌を詠みたいな、という気持ちになります。祝福されて生まれてきたおじさん、そしてあなたとわたしがどうか幸せになりますように。だれも苦しみませんように。