平良は清居にとって楽園の蛇なんですよ。
……いきなり飛ばしすぎました。
でもカッ飛ばしたくなるくらい、素晴らしい作品でした!
ガヴ映画でFANTASTICSに興味を持った当時、八木勇征さんのファンの方々複数から是非にとおすすめされていた作品。TVerで無料配信が来たのを好機と捉え、拝見した次第なのですが……なるほど確かにこれは八木勇征さん出演作としてまず第一に推薦したくなるのも納得です!
まず今作に持った最初の印象が「主人公、随分コーナリングギリギリ攻めてるな」でした。
美しいものに惹かれるのはもしかしたら人間に新たに付随された本能にして欲求なのかもしれませんが、平良のそれはだいぶイっている。その所以は明確な「好き」が今までなかったから。空虚、虚無、虚静。井の中の蛙、ドブ川のあひる隊長の方がよほど幸せかもしれません。彼らは薄暗くじっとりと湿気た場所にいるからこそ、青空を見上げて美しいと思う心があるかもしれない。でも平良はその青にすら意味を見出していない。あくまで被写体。
そんな人型の虚を一瞬で埋めたのが清居なわけですよ。その衝撃はいかほどのものか。それを伺えるシーンが、不意打ちで撮った清居の写真を○○○に○○してしまうところ(ちょっとどんなに頑張っても品がなくなってしまうので、ここは伏せます)
正直この辺りはぼかして終わらせるのかなーと思ったら、まさか言及するとは思いませんでした。「おおおえええああ、い、言うんだだだ((( ゚Д゚)))」って動揺しました笑 平良、箱根の山でハングオンかますくらいのブッコミ具合ですよ。
でも平良が清居を欲望の対象としたのは、たった一度。平良にとって清居という存在が美しすぎるあまりに己の中にあった虚が瞬もいらずに満たされたその衝撃が大きすぎたことによって、性欲の発露として表れたのではないかと思います。だから一回で終われた。もう以降は清居のことを当たり前のように「近くて遠い綺麗な存在」「自分なんかが触っていいものではない」「この世で最も美しいキング」として認識出来ているので。
多分、それを一番象徴しているのは第3話の「尼になりたい」という発言だと思います。
自身を敬虔な神父か尼僧と譬えながらも、清居に訊ねられた際は「尼になりたい」と答えている。神父と尼僧の大きな違いって、シンプルに男性か女性かなんですよね。
きっと平良は、己の雄性からなる欲望で綺麗な清居を穢す可能性を1ミリグラムでも残したくないからこそ、女性である尼と答えたのではないかなあ……と。
恐らく平良にとって清居は、真っ白な砂丘に咲く青い薔薇とか、灰色のレンガで造られた教会のステンドグラスとか、枯れ果てた果樹園に唯一実る金色のリンゴとか、そういう存在なのかも。ただそこに在る、それだけで満足。しかも言葉を向けてくれる。それが使いっぱしりであっても。目も向けてくれる。それが「キモい」と侮蔑を込めたものであっても。
そして今思えば、この第1話時点からずっと平良は変わっていない。平良もクラスメイトも清居の外見に惹かれているけれども、決定的な違いは平良だけは清居の綺麗さに隷属している。クラスメイトたちにとって清居はアクセサリー。箔。おこぼれプレゼントマシーン。眼鏡ちゃんだけでしょうか、トロフィーとしてではなく『清居くん』として恋していたのは。
第3話にて、平良は清居の表面しか見ないクラスメイトを殲滅する武器として、マシンガンを選んでいる。
ハンドガンよりも装弾数が多く、連射もしやすいマシンガン。でも清居の周りにいる有象無象醜いもの全て掃討するならば、それこそソードオフショットガンの方がいいと思うんですよ。バズーカとかガトリングも良いんですけど、多分平良くん持てないのと戯画チックになっちゃうのでこれは置いといて。
だけどソードオフショットガンって弾が拡散するから、清居まで傷つける可能性が高い。だから平良でも扱えて尚且つ狙ったものだけ撃てるマシンガン。この武器のチョイスに平良の「清居だけは傷つけない穢さない」という意思が伺えて好きですね~。
あと眼鏡ちゃんを撃たなかったのも印象的。夏休みの中でのやりとりで、眼鏡ちゃんは清居の顔だけでなく内面も好きになったのだと、平良にも分かったのかも。あと清居が落ちて号泣してたのは彼女だけ。感情の形は違えど清居の味方であるか否かと考えれば、彼女は同志。だから撃たない。
ところでこのマシンガンのシーン、血の代わりに黒い紙吹雪が舞う様が蜷川幸雄監督の演出を思わせて非常に美しい。舞台に再編してもきっと、美しい作品になりそう。
――そして私はずっと、「美しい彼」という物語は清居という美しいオムファタールに囚われた、泥中にて見上げる平良という憐れな男の物語だと思っていたんですよ。でも第3話からもしやと思い終盤そして第4話にて「私は大きな思い違いしてた」と気づきました。
清居って、王様として平良のことを庇護してはいるんですよね。但しそれは奴隷として。自身の所有物を勝手に使おうとしたら怒る。近くで一緒にごはんを食べることは許可する。目の届くところに置いてやっている。今までいないタイプのパシリを、キモいと言いつつも無視して完全に拒絶することはない。
第1話で寝たふりから目覚めた瞬間の清居の舌なめずりは、まるで百獣の王が新たな獲物を見つけたみたいだと思ってたんですよ。爪で転がすも良し、噛みつくふりして弄ぶも良し、そんな新しいおもちゃを見つけたのかと。
けれども第3話のトマトジュース事件以降、清居は平良を更に一段階明確に個の存在として認識している。相変わらず「キモい」「ストーカー」という寸評は変わらないまま。何故なら清居がどんな立場になろうとも、平良の熱病めいた眼差しはずっと変わらないから。
一方でキングであるからこそ自分から求めることが、清居には出来なかった。そして、平良に追いかけられる清居という構図を崩すことも。「追いかけさせてくれない清居」「逆に自分を追いかけてくる清居」を平良が受け入れてくれないのでは……そんな恐怖もあったのではないかと。
そういう意味では手の甲へのキスの許可も、唇に自らキスしたのもキングとしてはかなりの譲歩なんですよね。
ここでふと思い出したのがグリルパルツァーの『接吻』手の上なら尊敬のキス、そして唇の上なら愛情のキス。もうこの時点で清居は平良に充分すぎるほどの求愛は終えてるんですよ。
けれども相手は自分自身を三角形の底辺にいると自称する平良。頂点に君臨する清居が自分にそんな感情懐くなんて思うわけがない。だからここで一度、彼らは別離することになる。
この卒業のシーン。日向にいる平良と日陰に向かう清居が随分と印象的でした。でもその清居はまた日の当たる場所を歩いている。まるで二人が再び出会うことを暗示するみたいに。
そして第4話の冒頭モノローグにて、清居は完全無欠のキング、瑕疵ひとつない百獣の王ではないのがわかるわけなんですよ! むしろ未だ傷から鮮血を滴らせる手負いの孤独な獣だったんですよ!
清居からしたら平良は「綺麗という寸評ひとつで盲従する壮絶な面食い」とも言えるんですよ。だからこその「キモい」「ストーカー」地べた這いつくばってでも喜んでついてくる。まるで執念深い蛇。
でもテレビの中のアイドルみたく、誰かに見てほしい熱狂されたい愛されたいと思う清居にとって、凡俗な蛇の心酔はそれでも心地よかったのではないかと。綺麗なものをただひたすら追いかける執拗な蛇めいた平良の、ある意味常に一定の温度を保つ感情は未来永劫とも言えて清居にとっての安全地帯とも言えたのかも。一番の安息とも言える家族は、母の再婚そしてその再婚相手と母が子供を設けることによって失われましたから。
気が付けば、清居は平良の執拗ながらも決して温度の下がらない熱狂が手放しがたくなった。悦びすら覚えていたかもしれません。
けれども平良の「未来永劫の熱狂」は「停滞」とも言える上、妄信するあまりに清居の心を推し量ることは絶対にない。何故なら敬虔な信者としてそれはあまりにおこがましいことだから。神の心を勝手に語るなんて、恐れ多い。でも清居はそんなこと知らない。卒業ひとつで追いかけてこなくなる平良のことが相当もどかしかったのではないかと思います。
再会の場所となった喫茶世界の意匠のひとつにモリスのいちご泥棒が採用されてますが、平良はせっかく実ったものを清居に全てもぎ取られると表現している。でも実際もぎ取られているのは清居なんですよね。
自分を熱烈に見つめてくれる眼差しが欲しかった清居。それを叶えるために不断の努力を欠かさず邁進する日々。けれども清居は百億のファンでは満足出来なくなってしまった。たった一条の、執拗な蛇めいた狂信者の妄信でないと満たされなくなってしまった。銭形警部も手錠片手に真顔で言いますよ。「奴はとんでもないものを盗んでいきました」って。
まあ三角形の底辺泥中から見上げるばかりの平良からしてみたら、ずっとお日様として君臨してきた清居は近いけど近づけない存在だったから、自分にそんな感情懐くなんて想像にも及ばないから仕方がないかと。傍に寄らばイカロスみたく蝋の翼は溶けて墜落するだけ。それを平良はわきまえている。わきまえちゃっていた。
けれども実際は、清居も同じ体温を持つ存在だった。蝋の翼は溶けないし、乾いて干乾びることもない。それにようやく気付けたからこそ、平良はようやく清居に触れられた。
今作で個人的に印象的なのが、自転車の二人乗りのシーン。
現代においては明確に法令違反となっているのでなかなか描写出来ないわけですが、お巡りさんを出すことによってきっちり「これは悪いことですよ」とアピールしつつもこのシーンを出したその気概に、私は全力で拍手を贈りたいです……!
高校時代、自転車を二人乗りするその背景はメロンソーダみたいに鮮やかなグリーンの草むらが印象的でした。
一方の大学時代、冬だからと言ってしまえばそれまでですが草は枯れて色褪せていました。
でもそれで良いんですよね。景色ばかりが色鮮やかである必要はないのですから。カラフルなものばかりじゃなくて良いんですよね。フラスコの中の小銭みたいに周りの人々にとってはありふれていても、二人にとっては極彩色の宝石みたいな日々をこれから新たに作り上げていくのですから。綺麗な鉱石の標本を増やしていくみたいに。
きっと平良と清居はこれから甘くてあたたかなミルクココアのような関係に移行するのかもしれません。でも本質には高校時代の清居が平良にパシらせて買わせてきた、冷たくて口の中でパチパチ弾けて浮かぶしずくがビーズみたくキラキラして、光に照らされると琥珀みたく輝くジンジャーエールが根底にあり続けるのかも。
平良の物語の主人公はこれからもずっと、清居なのでしょう。何せ清居は平良だけの王様ですから。それはOPの歌「カラメル」が証明しています。カラメルはソースとして使われることが主。メインになることはほぼない。清居という存在を際立たせるためだけにある、平良の熱狂と妄信というカラメルソース。
清居への感情を煮詰まらせ焦げ付かせて出来た平良のカラメルは、諸人にはマグマよりも熱くてドロドロして猛毒のように苦くてとても口にできるようなシロモノではないのでしょうけど、清居にとっては何よりもとびきり甘いのでしょうね。
それこそ、アダムが楽園を追放されるきっかけとなったリンゴよりも。一生独り占めしたい、そう思ってしまうくらいに。
ところでまたモリスのいちご泥棒に戻りますが……
苺の花言葉は「幸福な家庭」
残念ながら清居は「幸福な家庭」からあぶれてしまいましたが、もう問題無いですね。何せ一途な蛇さんが、その家庭から苺一粒盗んでいきましたから。そこで根付いて幸福になることでしょう。
美しい彼シーズン1、実に素晴らしい作品でした!
近いうちにシーズン2も見ようと思います!
そして視聴のお供にしたパンケーキは見事冷めました笑