2015年に戻りたい

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恋人がいた。結婚も考えてくれていた。私の境界性パーソナリティ障害が悪化してしまい、全ての幸せをぶち壊してしまった。彼はいま夢を実現して海外で理想の暮らしを送っている。

私は、彼が夢を叶えるさなかの頃に、応援するどころか、置いていかれるのが怖くてたまらなくて彼の足を引っ張り続けた。彼は私に心配させないように、「自分は将来こうなる。そのために準備をしている。」「その時はついてきてほしい」と言ってくれたのに。

連絡もマメにしてくれたし、よく会いに来てくれた。今思えばあれは、私を気遣ってくれてのことだったんだろうな。

傷つくこともたくさん言った。ここではとても書けないような、最低なことをたくさんした。笑顔の時間よりも泣いている時間のほうが多かったと思う。

「年齢を重ねたら症状は落ち着きますよ。」

医師のいうとおり、時間が経ち症状は落ち着いた。過去の自分のこれまでの異常な言動を冷静に判断できるようになった今、自分の愚かさに後悔している。

2015年に戻りたい。私も一緒にそこに行きたかった。

彼についていくためには、拘束時間がある会社勤めのままでは自由に身動きが取れないと思い、もっているスキルをかき集めるようにして、なんとか自分なりに独立することはできた。

全てが不恰好だったけど、場所と時間に縛られない暮らしだけは無理やり叶えた。時間と場所の問題はクリアしたものの、毎月お給料がもらえる会社員と違って不安定な生活。みるみるうちに金が減る。オシャレもままならない。プレゼントも買ってあげられない。イライラする。置いていかれる。焦る。

バカ女。こんなの考えたらわかることなのに。とにかく、いつでも海外に行けるように身軽になりたかった。

うまくいかず彼にも家族にも八つ当たりする。「死ね」とか、とにかくひどく汚い言葉を何回も彼にぶつけた。本人よりもその人の大切な人を傷つけるほうがダメージが大きいことを知っていたから、彼と関わりがある人や家族のことまでわざと悪く言った。

彼は別に私に変化なんて求めていなかったし置いていったりしなかったのに。待っていてくれたのに。ただ私が勝手に焦って勝手に自滅した。

最低すぎて、この文章を書きながら自分の情けなさに涙が出てくる。もっとまともでいたかった。心穏やかでありたかった。感情がコントロールできないところを治したい一心で、お金も時間もかけてそれなりに落ち着いたけど、自分でぶっ壊したものは元には戻らないし、放った言葉は取り消せない。

死ぬのは怖いくせに、ただ気をひきたくて、ことあるごとに「死ぬ」と騒ぎ立てたこともあった。まだ死んでいない。

ここ数年は彼のことを考えないようになり、執着も手放せたかと思えた。少しは「まとも」な自分になれたから。

しかし次第に、「まともになれて良かった」という思いよりも、「あの時まともでいたかった」という気持ちが強くなり、最近は些細なことで涙がポロポロとこぼれる。

彼の軌跡を後追いするように、仕事で一つ一つ成長するたびに、あの時の彼はこんな苦労をしていたんだなと身に沁みて思う。わかってあげられなかったし、仕事のことも傷つける材料にして罵ったことがある。

もしも自分が反対の立場で、同じように自分の大切なものをバカにされたらきっと相手を許さないだろうな。

私は手に入るはずだったかもしれない幸せをずっと後悔して生きるのかもしれない。淋しい。2015年に戻りたい。