「ドンキでピアッサー買っていい?」
と妹に聞くと、
「えっ、また!?」
と返ってくる。
もうやめたら、とのことだった。
うーんそうだね、わかってるわかってる、みたいな感じでドンキに行って、ピアッサーを選ぶ。
「わたし、お姉ちゃんの舌のピアス、はじめて良いって思わなかったよ。クールじゃないっていうか、」
と言い淀むので、
「痛々しいんでしょ?」
と聞いたら、
「うん」
と返ってきた。
うーんそうだね、わかってるわかってる。
全部わかってるよ。知ってる。でもじゃあどうしたらいい?
どうしたらいいって聞いちゃったらきっと大変だろうなと思って聞かなかった。でもじゃあどうしたらいい?こんな年齢になって、あるいはこんな年齢になる前に、どうしたらよかった?
やっぱりこういうことを聞くと、お互いの分かり合えなさが全面に出ちゃって喧嘩になるだろうなって思って、何も言わなかった。妹は、いつまでも甘えて子どもでいるわたしに腹が立つだろうし、わたしは、痛みと比較的無縁で強く育った妹に腹が立ちそう。言わない方がいいこともあるもんね。分かり合える面だけを向かい合わせていきたい。正直に語り合って衝突することが人間関係の正義だとは思わない。
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歩いていて、
「人間って好きと嫌いのどちらかに分かれるじゃん」
と言われる。
「そう?わたしは大体全部好きだよ」
と答える。不服そうにしている。
「人間のことは大体全部好きだけど、そのなかにはもちろん好きじゃない部分があるし、好きのなかにも細かいグラデーションがあるよ」
と付け加えると、納得していた。
妹は、人のことをざっと好きか嫌いで分けるらしい。
わたしは、好きの中に嫌いがある感じ。好きが本当に好きかは知らない。関心がない人のことも全部好きだもん。みんなのこと、好きだよ。好きになってからが本番っていうこともあるじゃないですか。
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妹の家でカレーを作っていると、音楽が流れてきた。
「アリス・フォービー・ルーの"Society"でしょ、これ好き」
と言うと、妹はぽかんとしていた。
「"Listen to Berlin"のアルバムに入ってる曲だよ、あんたが教えてくれたやん」
と言うと、やっぱりぽかんとしている。
「就活の時にすごく大変そうで、その時にこの曲聴いてたやん、ベランダでお酒飲んで、この曲かけてたよ、覚えてない?」
と言うと、
「そうやっけ、あの時は無防備やったわ」
と返ってきた。
わたしはあの時のことをよく覚えていて、"Society"を聴きながら泣いていた妹のこと、歌詞のこと、辛いこと、人の弱さみたいなことをたまに思い出して、あの日、あの瞬間によく立ち返る。自分の心の一部はまだあの日のあの家のベランダにいる。でも多分、当の本人の妹は、もうあそこにいない。
人が忘れたことを覚えていることがよくある。もう誰も覚えていないのに、なぜかそのことが頭から離れなくて、それで心がキュッとする。もうみんな前にいるのに、自分は後ろでしゃがんで、立ち止まっている。
ピアスを開けると、身体が世界に縫い付けられるような気がする。ふわふわしていて不確かな存在が、きちんと固定されるような安心感が、少なくともある。でもそうしているうちに、どこにも行けなくて、ずっと同じところで止まっているのかもしれない。どうしたらいいんだろう。困ったね。
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親の介護の話になる。
我々の父はもうあんまり元気ではなく、正直、こんな早くこんなことになるのかと思っている。元気だけど元気じゃない。あるじゃん。そういうの。でもわたしは東京にいるし、関西には戻らないし、正直どうしようという感じである。
妹がいろいろなことを言い、わたしは、いやそれはさすがにという感じで、でもじゃあどうするよって感じで、困ってしまった。
「わたしはずっと親の言うことを聞いてきた」
と彼女が言っていたのが忘れられない。
わたしは何か期待されたことがあるだろうか。あったな。でも聞かない。そうすると、その願いすら妹が聞くことになっちゃうんだろうか。どうしたらいいんだろう。どうしたら。
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「お姉ちゃんってヘテロじゃないやん」
と言われたので、そりゃわたしはヘテロではないと思うけど、バイかと言われたらそんな感じしないし、女性とセックスしたことがないので、ヘテロじゃないという気持ちがなんなのかも分からない。
「あんたが完全にヘテロかどうかは知らんけど、少なくとも昔よりヘテロ性が強くなったよね、むかしはもっと揺れてたよ」
と言い返すと、まぁまぁという感じで笑っていた。
「女性とセックスってできる?っていうか口でできる?無理じゃない?」と妹が言う。
「はじめて男性とする時、喜んで口でしたいと思った?違うくない?普通にグロいなって思ってたやん。そういうもんじゃない?やったらできるみたいな。でもやったことないから知らんわ」
「ほんまやな」
「ほんまやで」
そうしているうちにカレーができたので、食べて、家に帰った。