高校の同級生で、同じく都内に住んでいる友人とアフタヌーンティーをしばいてきた。友人と会うのは去年の春ぶりだ。近況報告に花を咲かせつつも「クロワッサンおいしいね!!バターの香り良くてサクサク」「ブラウニー濃い!!」などと、話の合間合間にスイーツの感想をカットインさせるのに忙しかった。お互いに食べることが大好きである。
友人はコウケンテツのYouTubeチャンネルにハマってるらしく、人参レシピを推された。紅茶を啜りながらアプリを開き、後で見るに保存する。(https://youtu.be/02tJeIVDOr0?si=0EohFjW0uXHX2ppe 人参の甘みがとても美味しかった…)
友人には2才を迎えたばかりの子どもがいる。片や私は結婚も出産も未経験である。友人が子どもとの生活の話をしているなかで、「ヲキと話してるとギャップをあまり感じない。わざわざ言わなくても、こちらの事情を汲んでくれる」と言ってくれた。私はこの言葉に、驚きと嬉しさで俯き、グデ…と脱力してしまった。
30歳を過ぎたあたりで、同級生の友人の多くが妊娠、出産をした。このとき、子持ちの友人と子のいない自分とで、意識にギャップが生まれて距離ができてしまうのではと、少し怖くなったのだ。だから意識的に妊娠、出産、子育てのエッセイや日記本を読むようにした(男性の書き手があまりにも少ない。男性視点からももっともっと語られてほしい)。このことは友人には話していない。だから友人の口から自然と「ギャップを感じない」と言ってもらえて、心底嬉しかった。子を産み育ててきた人たちが、切実さを持って書き連ねた経験や想いが、子のいない私にも活かされているのだとお墨付きをもらえたような気がした。
ただ子どもは成長するので、小中高とステージが変わるにつれ親(=友人たち)の立たされる状況や悩みも当然変化するだろう。子どものステージの変化に伴い、私のこの「子育てをする友人たちとの意識のギャップをできる限りとどめるための試み」も、変化させていかねばと思う。これからも本は読み続けるけど、知ったからといって知った気になってはいけないし、自分には出産育児の実経験がないゆえ、友人たちと同等の実感を持つことはできないことも忘れてはいけない。
なんにせよ、友人も子どもたちも、心身ともに健やかであってほしいと願っている。そのために私は私でできる範囲のことをする。本を読む。ニュースを見る。選挙に行く。通りすがりの(親)子どもを気に掛ける。
子どもの手が離れたら一緒に旅行に行こうね、と約束をしてアフタヌーンティーを締めた。