この人はどうしてこんなにも、人間の一番柔らかいところを描くのがうまいんだろう。生まれてから死ぬまでに経験する、いちばん嬉しいことやいちばん悲しいこと、そういうのを煮詰めて飲まされている感じがする。
上橋菜穂子の『夢の守り人』は、その名の通り夢の話だった。
※ぜひ手にとって読んでほしいので、話の筋にもならないような断片的なことだけ書いてネタバレにならないようにします。
現実世界に絶望した人が美しい夢を見せられて、現に帰りたくないと願う。醒めることを望めば難なく帰ってこれるのに、本人が現実よりも夢を望んでしまう。魂の抜けた身体は日に日に衰弱して生命が危うくなっていく。だけど、死ぬかもしれないと分かっていてなお、「あんな現実に戻るくらいならこのまま夢で死んだ方がまし」と思ってしまうくらい、逃げたい現実と、すばらしい夢。
読んで、魂の救済の話だと思った。(魂の救済って何だろうと思いつつ)
志半ばにして死んでしまった人たちが、叶えたい強い思いと、それを叶えられなかった悲しみを抱えたまま死んでいったと考えるのはとてもつらいことだと思う。
いくら根拠がなくて、非科学的なことだとしても、深い悲しみを抱えて亡くなった人たちが、どこかでその思いを他者に流して、誰かに伝えられたらいいなと思う。「夢の守り人」の中では、すこし抽象的に、思いがとある人物に流れ込むシーンがあって、それを見たときに「ああ、よかった」と思って涙が出た。
このシリーズはファンタジーだし、実際にはあり得ないような不思議な話がたくさん出てくる。でも、こういうこともあるのかもしれないと、どこか本気でその世界のことを信じられた時、それはもう死んでしまった会えないあの人にいつか会えるかもしれないという希望になるし、あの人が最後までつらいだけで逝ったわけではないんだという慰めになる。それだけで、また少し前をむけるようになる。
こういうのは宗教の役割の一つだと思うけれど、宗教でなくても、物語がその役割を担えるのかもしれないなとぼんやり思いました。
これくらいのことを思わせてくれる力が「守り人」シリーズにはある。本当におすすめです。
2020/9/5 『夢の守り人』読了後の記録より