これはねぇ、少し昔の話になるんですがね。20年ぐらい前になるのかなぁ...当時私ラジオ局に勤めていたんですよ。いや勤めていたと言っても出入りの制作会社のADなんですがね。リスナーから届いたハガキや番組で使う資料を整理したり、小道具や機材の準備をしたり、それから出演者のお茶やコーヒーやお菓子なんかを買い出しに行ったり─まぁせいぜいていのいい雑用係とでも言いましょうかねぇ。そう言うことをしていたんですよ。その時分と言いましたらば、まだどこもかしこも喫煙者だらけの時分でねぇ、演者さんだけでなくプロデューサー、それからディレクターや作家さんのタバコなんかもよく買いに行かされたりして、私はそれが嫌だったなぁ。あごでこき使われるばかりでね、こんなの思ってた仕事じゃないよなぁ、いっそもう辞めちゃおうかなぁ、なんてことをよく考えてたんですよ、ええ。
その頃私は深夜の番組を担当してましてね、ほらあるじゃないですか?お笑い芸人の方なんかがコンビでもってワイワイ喋るわけだ。受験生なんかにしてみれば楽しいんだなぁ、ああ言う番組が。息抜きにもなるのかなぁ。
──ある晩も、無事にオンエアが終わって、次週の打ち合わせをして、資料をまとめて、機材の片付けやらなんやらしてたら、あっと言う間に時計は3時を回ってたんですよねぇ。3時と言いましてもね?15時じゃないですよ?なんせ深夜の生放送ですからね。あーもう3時なのになーんで一人でこんな事やってるんだろうなぁ、やだなぁ...辞めちゃおうかなぁなんて考えながら仕事してましたらば、ふと…耳に入る妙な音があったんですよ。
...ジィィィィッ..ジジ...
機械のノイズみたいな音でした。でもね、スピーカーやらミキサーの電源はとっくに落としたはずなんですよ。それなのにこのスタジオのどこかから鳴ってるんだなぁ。どこで鳴ってるんだろうなぁ、電源落とし忘れてるのかなぁ、ほっといてこのまま帰ったら怒られるよなぁ、なんて思いながら、仕方なく音の出所を探すことにしたんです。すると、どうやら音がするのはさっきまで演者さんがいたブースの中なんだ。あれぇ、おかしいなぁ、と思ったんですがね。私の疲れも限界だったもんですからね。とっとと原因を見つけて電源を落としたらば、直ぐにでも家に帰って眠りたかったんですよねぇ。
──そう思った矢先に、また聞こえたんですよ。
ジィィィ...ジィィィィイァイァイァ...イィイアアア...アアぁあぁぁああぃいあああ
私鳥肌が立ちましたよ。さっきまでは、ねぇ、ただのノイズだと思ってた音が、突然人間の声のように聞こえたんですよ。...変な話なんですが、しかもその声が…なんだか私を呼んでいるように聞こえたんですよ。
私は恐怖に震えながらも、半ばヤケクソでもう一度その声の源を探すことにしたんだ。ブースの中は真っ暗ですよ。灯りなんてついてるわけがない。私は怖いなぁ、やだなぁなんて思いながら、懐中電灯を握りしめて音がした方を探したんだ。そうしたらば、隅に積まれていた古い録音機材の後ろに何か白い紙のようなものが貼ってあることに気づいたんです。──あぁ、これは写真だ...でもなんでこんなところに写真なんかが貼ってあるのかな、そう思いながら機材をどかしてその写真を剥がしたんです。ポニーテールって言うのかなぁ、髪をこうして後ろで結えた可愛らしい若い女性の写真でした。私はこんな人いたかなぁ?誰かの落とし物かなぁ、なんてしばらく写真を眺めていたんですがね、その時ふいに写真の女性の口元がねぇ、わずかに動いたと同時に、
いいぃいいあああぁぁいあああ...ぃあぁああああ
...と、声がしたんですよ。
私怖くてね、思わず写真を放り出して、その夜はもう無我夢中で逃げるようにスタジオを出ましたよ。家についても恐怖が取れなくて一睡もできませんでしたよ、ええ。
──朝早くに、スタジオの方に電話をしてみたんです。と言うのも、朝の番組でスタジオを使う知り合いがいたもんですから、聞いてみたんです。妙な音が聞こえないかと、女性の写真が落ちてなかったかってねえ。
でも、ノイズも聞こえないし、写真なんてものもどこにもないなんて言われましたよ。ジュンちゃん寝ぼけてたんじゃないの?なんて笑われましたよ。私不思議でねぇ。まあ疲れてたのは事実なもんですから、私もあれはきっと疲れすぎて見た幻覚みたいなもんだったのかなぁなんて思ったんです。
──後日聞いたんですが、昔そのスタジオで若い女性ADが首を吊ったんだそうです。ポニーテールが似合うかわいらしい方だったそうですよ。
それ以来、私はそのスタジオで一人で仕事をすることができなくなりましたよ。私がラジオの仕事を辞めたのもその後すぐでした。
今でも、あの夜のことを思い出すと、誰かが私の名前を呼んでいるような気がして、背筋がね、凍るんですよ。
きっとあの声は、この世のものじゃなかったんだなぁ...。
[ 暗転 ]
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※本稿は私がたった今書きながら考えたアドリブであり全部でたらめです。
なんでこんなものを書いたのかは私も知りませんが、稲川淳二氏のファンであるのは事実です。
参考画像① 「階段」