私は色を取り戻したいのだ。
思い出せる限りで一番古い記憶の空間の、壁紙は何色だ。足元の色でもいい。なんだっていい。何色だった。
印象的な思い出たちがセピア色に錆びついていく一方で、忘れたくない日常たちが眠っていく。コンクリートで塗り固められたような灰色になって。
飽きるほど見た景色も、ノイローゼになりそうだったBGMも、あの時はするはずのないにおいさえ感じていたのに。もう何も思い出せない。
川面が照り返す光で見えなくなった君の表情は、笑顔なんかじゃなかったはずなんだ。
写真も日記もなにも教えてはくれない。そのうち名前まで忘れてしまうんだろう。
エミリー・ディキンソンは忘れられることは死ぬよりも惨めで苦しいと謳ったが、忘れたくないのに忘れてしまうことも、同じくらい苦しいと思う。
そして、忘れたことだけは忘れないんだ。