意味のない思考「レトロについて」

y_chair
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公開:2026/1/4

 最近、平成レトロという言葉をよく見聞きする。

 おそらく3、40代の諸兄らは「平成はもうレトロなのか」と一通り悔しがるフリをしてみたり、青春時代懐かしんでみたり、何か誇らしい気分になったりしたことだろう。

 そして同時に「懐かしいけど飾ったり身につけたいとは思わねぇな」と感じたのではないだろうか。

 “レトロ”という語は郷愁や懐古を意味する語であるらしいが、現在この意味で使われることは少なく、実際には“ノスタルジー”の方が近い。

 現在レトロと言われているのは郷愁ではなく、古いものをある種新しいものとして捉えて面白がる、後の人間が楽しむムーブメントだ。

 もちろん当時のアートスタイルが好きだったり、単純に価値観や美的感覚をアップデートできていない人もいるだろうが、その時代生きた人間の多くには刺さらない。時代を生きた我々からしたら過ぎ去ったブームであり、一度「ダサい」になったものだからだ。

 カートゥーン風のファンシーなキャラクターや原色ギラギラのギャルファッションなどの「クソダセェwww女児かよwww」と笑ったものを今更オシャレだとは思えないのである。

※私は平成の原色ギラギラファッションのギャルやミニスカルーズソックスが未だに好きだ。性的嗜好は上書きではなく追記になるらしい。

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 そんなことをつらつらと考えてみたのだが、不思議な点も出てきた。

 “体験していないものを懐かしく感じる”という点だ。

 先ほどレトロは後年の人がある種の新鮮味を楽しむものだと言ったが、自身が経験していない時代のレトロに郷愁を感じたり懐古の念に駆られることが無いわけではないはずだ。

 30代40代でもレトロだと感じる時代について考えてみよう。

 映画「ALWAYS 三丁目の夕日」をみて何か懐かしい気持ちになるが、昭和30年代(1950年代)の頃は私どころか親父ですら金玉の中にいるかいないかレベルである。

 同様に、ゲーム「Fallout」のモデルとなる1950年代のアメリカンスタイルにも郷愁に似た感情を抱くがコレは年代どころか国すらも違う。

 バブルが弾けた平成日本の長野県に生まれた私からしたら、冷戦に怯え、宇宙に思いを馳せ、黒人を差別し、毒々しい色のデカいゼリーを食べている白人たちの生活は懐かしむ対象ではないはずなのに何故……。

 しかも、この懐かしさには時代と地域の幅がある。

 地域で言えばロシアや中東、南米、アフリカなどは何も感じないし、日本でも江戸時代以前は皆無だ。明治や昭和1〜20年代も懐かしさという感じではない。

 考えるに、懐かしスイッチをONにする要因は以下の三つではないかと思う。

 1.古めかしさ

 2.身近さ

 3.平和

 要因1は自明というか、大前提なので説明を省く。

 要因2も至極当然の話で、その時代のインテリアや創作物、映像などが多く残っておりよく眼にする、つまりは“その時代の生活様式を少なからず知っている”ということだ。知らぬものを懐かしむことはできない。

 地域ごとに懐かしさ異なる、古すぎると懐かしさを覚えない原因はこれだ。 

 そして、重要なのが要因3の“平和”である。

 ここで言う平和はその時代に戦争や紛争がなかったなどの厳密な平和さではなく「何となく平和なイメージ」である。

 アメリカの清潔感がありつつも浮かれたインテリアや、昭和の明るいデザインの家電や看板、これらの人々が活気や希望に溢れ、楽しそうに生活をするイメージこそが懐かしさの根源なのだ。

 わかりやすい例が明治〜昭和30年までの期間だ。この期間は非レトロ時代に挟まれたレトロ時代、”大正時代“が存在する。

 教科書で見た明治は富国強兵!日露戦争!ジョルジュ・ビゴーの風刺画!と言ったイメージだし、昭和初期は大東亜戦争のイメージだ。血と鉄と硝煙の匂いがする。

 対してその間の大正時代は大正デモクラシーやモガ、モボなどの生活・文化面のイメージが強い。コーヒーの匂いがする。

 ※実際大正時代には第一次世界大戦があるが、舞台がヨーロッパ中心であるため「忘れられた戦争」と評される程度には日本では影が薄い。

 創作ではさらに顕著で、明治や昭和初期は戦争映画や漫画が多いのに対して大正は「大正浪漫」を前面に押し出したカフェーの可愛い給仕とマント学帽の遊び呆けてる大学生の話ばかりだ。なんと平和的で文化的な時代であることか……。

 このように、平和っぽいイメージは懐かしさの重要なファクターだ。

 さて、色々と懐かしさについて考察してみたが、結論として懐かしさの正体は“平和だった過去”への憧憬だと言えるだろう。

 皆辛い現実や不穏な世界情勢から目を逸らし、ユートピアとしての過去に縋りたいのだ。

 

 

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 結論を元にやりたいことが出てきた。

 もし子供に架空の過去映像やインテリア、創作を与え続けたらその架空の文化や生活雑貨に懐かしさを感じるのか?という実験だ。

 ああやりたい。トンチキデザインの家電やファッションに懐かしさを付与したい。

 平和に沸いた1960年代のカムン共和国で流行したお尻に挟んで遊ぶ用のカラフルな棒や1980年代のシャーンで一大旋風を巻き起こした木彫りのシルクハットに「このレトロな感じ洒落てるゥ」と言わせたい。

 まんだらけで豚耳パンダマンのソフビを5万で買わせたい……。

 

 そしてそれが架空だと知った時の感情がどんなものかを知りたい。

 ……あ、これレトロとか関係なくトンチキ世界のトゥルーマンショーやりたいだけか。

 倫理観ぶっ壊れた実験ができた科学未来への希望溢れる平和な時代はよかったナァ。

@y_chair
最近無駄な事を考えてなかったので考える