【SS】出逢う

舎まゆ
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  重怠いような、ぬるい空気を春めくというのならば、私はそれが嫌いだ。特に新たな環境に身を置くともなれば尚更のこと。

 よく知らない人間に、軽い自己紹介と会話を交わしただけで人となりを見られ、ああ、こいつはこういうのなんだなと上澄みで理解った気になられて。

そして数日も経たないうちに

「ねえ、山田さんはさ。あ、そうだハナちゃんって呼んでいい? もううちら仲良いでしょ、あだ名とかいいじゃん」 

 なんて、様式美。つるりとした透明なガラス瓶に、薄ら寒いラベルを貼られるようなあの感覚。

嫌いだった。嫌いだけども、嫌とも言えず、曖昧に笑うしかない。そんな重たく、怠く、藻掻けない季節が春だった。

 がやがやと賑やかな教室を出る。一歩踏み入れた廊下には冬の冷たさの残滓と、侵略してくる陽光の温かさが混じり合っている。ゆっくりと息を吐いて足早に中庭へ、四月といえどもまだ寒暖差も激しい故か外はもっと冷えているだろう。暖かい教室があるというのに好きこのんで外にいる人間は、教室の中には存在しないと思えた。

「それで、君はここに来たんかぁ」

 西の訛りが耳に違和を訴える。先ほどまで昼寝をしていた男子生徒は人懐っこいような、というよりも小馬鹿にしたような笑みを浮かべていた。

 「昼メシ食うんか」「こんな寒いとこで、かわっとるなぁ」「もっと美味そうに食えばええのに」

 教室の賑やかさを避けた筈なのに、中庭で待ち受けていたのはそれ以上の煩わしさだった。おそらく地元の出身ではないであろう彼は一方的に喋りかけてくるので、それに一言二言答えるという義務を負わされている。明日からは別の所を探そうと心に決めて、卵焼きを口に放り込む。甘い味付けのそれを咀嚼すれば、がり、と固いものが砕ける音が頭蓋に響いた。

「ほんでなぁ」

 断りなく隣に腰掛けていた彼がのんびりと切り出す。ふわふわとした調子の声も聞こえぬふりをしたが、彼の声はやけに耳に残ってしまう。関西特有の訛りか、それともこの図々しさ故にだからだろうか。

 あんただけに教えたるけど、彼が囁く。

「あそこに、俺、埋まっとるんや。なんとかならんやろか」

 目の前で満開から朽ちようとする桜はぼろぼろと薄紅の命を零している。