ねこのはなし②

舎まゆ
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 猫という生き物を飼っている。今や三匹ほどで、家にいる人間より数が多い。

 ブリティッシュショートヘア、ミヌエット、ノルウェージャンフォレストキャット。猫もやはり性格がそれぞれ違う。ヒトに対する接し方も、食の好みも、お気に入りの場所も。

 二番目に我が家へとやってきたミヌエットは、非常にマイペースで、もの申す猫である。短い足をのしのしとさせながら家をうろつき、気に入りの場所に横たわり、じっ、と微動だにせずにいる。他の二匹がわめきちらしながら追いかけっこをしているのもどこ吹く風で、モップのような身体を伏せてはうつらうつらとしているのが、彼だ。

 彼との出会いは先住のフレディよりも唐突であった。私の職場は年末にかけて忙しくなる。困り顔で従業員を呼ぶ客の元へと向かい、これはこうで、これならこうすれば、と己でも呆れるほどに甲斐甲斐しくしてそれで、たまに、感謝される。平時よりもずっと忙しく、遅い時間に昼休憩をとるのだが、その日も変わらなかった。――LINEを寄越してきた母が、一枚の写真を送ってきた事以外は。

 その写真は母が小さな猫を抱っこしているものであった。この時点で私は小さく片眉を上げ、いやまさか、と自販機のコーヒーを一口飲みつつ過った予感を振り払った。LINEが来たのが数時間前のことで、今日が休日である家族は既に家路についているだろう。写真に対してコメントする気力もなく私は一時間の休憩時間をただぼんやりと過ごし、そして残りの勤務時間をやはり気忙しく、甲斐甲斐しく過ごした。

 帰宅すると見慣れぬ獣がいた。いや、この小さな生き物を、私は数時間前に写真で見た。

 ケージの中でうつらうつらとしているそれを、先住猫たるフレディがじっと見つめては、こちらに困惑した視線を投げかけている。きっと私も同じような顔でいただろう。

「かわいいやろ?」

 妙に誇らしげな母が二階から降りてきた。そうね、と頷きながら父を見たが前回と同じく諦めのはいった苦笑いをしているのを見て、私はおおよそを悟り、経緯を聞くのをやめた。

 母の衝動的な行動によって突如我が家に来ることになったその小さなふわふわ、もとい子猫を私はじっと観察する。小さい。小さいというか、四肢が短い。

 話を聞けばどうやらマンチカンとペルシャのミックスであるという。なるほどなぁと感心していれば、子猫はトイレとケージの間に移動し、後ろ足で立ちながらうとうとしはじめた。

 相変わらずフレディは奇妙なものを見ているような顔つきで、私の顔と新しい住民の姿を見比べていた。

 数日もすれば子猫はケージから出された。リビングをうろうろと歩き回り、私が差し出した猫じゃらしを短い前脚でリズミカルに叩きまくり、登れぬ階段の前でナーンと鳴いた。

 なにせ手足が短いのだ。フレディが一息に駆け上がる階段も前脚を置いてはみるものの、そのまま不満げに鳴くばかりである。

 キャットタワーの最上段に上がったのはふた月ほど掛かった気がする。さらに言えばその最上段から自分で降りることが出来るようになったのはゆうに半年以上かかった。

 そのくせ食欲は旺盛で、自分のぶんをぺろりと平らげたかと思えば隣で静かに食べているフレディの皿に頭を突っ込んでは、彼に迷惑そうな顔をされている。君もどうして怒らないのだとフレディに問いかけても、彼はただ黙って尾を振るばかりであった。

 こう書くとどうしようもない猫野郎であるのだが、人懐っこく顔のよい猫だったので、家族には文字通り猫かわいがりされた。なにせ寝転がっている父の脚の上で大の字の仰向けになってすやすやと眠るような猫である。夜に寝床を訪ねてきて、いつの間にか一緒に寝ている猫である。驚くほど家に馴染むのが早かった。私たちも猫のいる生活に慣れたということもあるだろう。

 猫が子猫でいる期間は恐ろしく短く、そして過ぎ去るのが早い。この猫はすくすくと育ち、今やキャットタワーの最上段に陣取ってはテレビを眺め、トイレ前のサイドテーブルに陣取っては窓から差し込む陽光を受け気持ちよさそうに眠り、食事中の私たちに自分を混ぜろとナンナン鳴き喚くマイペースキャットになった。フレディとの関係は私にも分からないが、仲良くもなく仲悪くもなく、お互いの間合いを守っているようである。

 名前は母がつけた。らんまるという。理由を聞けば前々から決めていたらしく、更に父に理由を聞けば彼女が昔飼おうとしたウサギの名前だという。

 私は彼のことを「おらんさん」と呼んでいる。