先日入れた漫画アプリで、大ヒット作である「メダリスト」が読めることに気づき、昨日は無料分を夢中になって読んでいた。展開の盛り上げ方が非常にちゃんとしていて、熱くなれる部分は熱くなれるし、泣けるところは泣けて、さすが人気作だけのことはある、という顔になっていたんだが、個人的な心の傷をざっくり抉られる箇所があった。
主人公の女子小学生、いのりちゃんは、おそらくADHDかASDの特性があるのだと思うが、学校の授業についていけず同世代とのコミュニケーションもうまく取れず、母親には早々に「この子はできない子だ」というレッテルを貼られている。いのりちゃんには今カナダ留学に出ているよくできた姉がいるのだが、ことあるごとにその姉と比べられ、この子は何もできない子だから、最初から期待しちゃいけないんだ、みたいな、腫れ物扱いを延々と受ける。
そうしてそこはフィクションらしく、フィギュアスケートのジュニア大会でいきなり優勝して母親の評価を覆すのだが、そこでの母親のセリフ、「一人でいっぱい頑張らせちゃってごめんね。褒めてあげられなくてごめんね。いのりの夢をちゃんと応援できるお母さんになるね」というそれを読んで、涙が止まらなくなった。今、この文章を書きながらまたちょっと泣いている。
俺も、小さい頃から周りに対してずっと疎外感を感じる人生だった。勉強はむしろ人並み以上にできたし、小中高と図工や美術でも割と高い評価を受けていて、そうやって能力を示し続ける限り周りは「山田くんは私たちとは違う、特別な人なんだね」という目で見てくれたから、コミュニケーション不全も実はそこまで深刻に感じたことはない。
ただ、両親が俺にちっとも興味を持ってくれないことだけが苦しかった。
テストで何回百点を取ろうとも、通知表に「5(高評価)」がいくつ並ぼうとも、美術展でそこそこの賞を取ろうとも、父も母もそれを一瞥するだけで、一言も褒めてはくれなかった。自分でも「そうか、これくらいやるのは当たり前なのか」と思ったので、とにかく陰でひたすら努力したのだが、それがどんなに結果に結びつき、周囲にやんやと囃されようとも、父母が注視するのは俺の周囲に馴染めないところであったり、負けん気が弱いところであったり、自分の意思をちゃんと表現できないところであったり。
とにかくできないところをネチネチと責められ続けた。それでもいつかは認めてもらえる人間になるのだと、ただひたすら努力した。頑張って、頑張って、無理をして詰め込んで、やがてパンクして学校に通えなくなった。そうなってまで父親が部屋から出られなくなった俺をちらと見やって言った事は、「今日も休むんか…」それだけだった。
もう死ぬしかない、と思った。その日は風邪で休んでいた妹に「行ってくるな」とだけ声をかけて、自転車に乗り学校とは別の方向に走り出した。
どこか適当な山中にでも分け入って、人のいない場所で首でも吊るつもりだった。一日半かけて、できる限り家から遠ざかった。走って、走って、走った。なんだか、全てがどうでも良くなった。
そうしてまた一日半かけて家路をたどり実家にたどり着くと、真夜中だというのに両親がまだ起きていて、父はひどく泣き腫らした顔をしていた。「もう学校に行きたくない」と告げると、母はただ「ええよ」とだけ言った。そうやって俺は、ようやく彼らに少しは思われていたということを確認できたのだった。
それでも、彼らの根本的な俺に対する無関心は大して変わらなかった。むしろ、俺が人生をリタイアしたことを契機に我が家の空気はひどく悪くなっていった。両親が互いに家庭をちゃんと維持できなかった責任をなすりつけあっているのをなんとなく感じたし、自分のせいで妹たちまで辛い目に合わせてしまった、と思うほどに自分の無価値さをより強く痛感した。
もう望みも野心も持てなかった。それでも何かしていないと気が狂いそうだったから、その頃始めたイラストの勉強にひたすら打ち込んだ。寝ても覚めてもイラストのことを考え続けた。そうしないとまた死にたさに飲み込まれてしまいそうだった。
あるとき、俺の絵を見た母親がぽろっと漏らした。「唄は絵が得意だから絵の仕事につけるといいのにね」それが、俺にとっては初めて手にした両親からの前向きな評価だった。
ひどく嬉しかったのだと思う。それからはそれまで以上に絵にのめり込み、寝食忘れるほどに没頭し、体力が尽きて体が動かなくなっては気絶するように眠りについて、目が覚めたらまた描く。そんな毎日を繰り返した。
なかなか結果は出なかったが、母の言葉が俺を動かし続けた。辛かった。辛かったが、人生でおそらく初めて「やりがい」というものを感じていた。
そうしてある時、PBWという、メールゲームのようなコンテンツのイラストレーター試験に数十回の落選を経てようやく合格する。喜び勇んで母親に、そのコンテンツの胴元と契約を結びたいから、銀行に口座を作りたい旨を伝えると、帰ってきた言葉はこうだった。「そんなの、詐欺に決まってるやん」「まともな仕事やないやろ」
ああ、と思った。あの時俺の絵を褒めてくれたのも本気じゃなくて、ただ底辺に落ちた俺を憐れんで、慰めてくれただけの言葉だったんだな。やっぱりこの人たちは、俺に微塵も興味がないのだな。
急に筆が重くなったように感じられた。そのコンテンツのイラストレーターとしてバリバリ活躍してやるんだ!という気持ちも、その瞬間に萎えた。
それでも、もはや絵の他に自分を表現する手段がなくなってしまい、ずるずるとやめられないままここまで来た。
俺は、いのりちゃんが妬ましいのだと思う。どんなに親に酷い扱いを受けようとも、努力した結果正常に愛されるに至った。俺は、どんなに努力しても親の愛を獲得できなかったのに。
今はもう、両親に対する思いもそこまで強くはない。ただ血が繋がっているだけの他人だと思っている。最近母は、今まで仕事にかかりっきりになっていて俺たちを構ってやれなかった分を取り返そうとしているようで、ひたすら過剰な世話を焼いてくるが、それに対しても「煩わしい」以外の感情はない。
ただただ、虚しさだけが残った。
俺は、なんのために生まれてきたのだろう。なんのために絵を描き続けているのだろう。これから先、何を望んで、何を希望にして生きればいいのだろう。
もう、何も考えたくない。
このまま、消えるように死んでいきたい。