僕が子どもにしない8つのこと ①②

やまでぃ
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僕には子どもがいる。

小学5年生と3年生の男の子2人兄弟。(2023年度現在)

もともと子どもは好きで、中学生の時の職場体験実習で保育園に行った記憶がある。

愛読書はサン=テグジュペリの「星の王子さま」。愛読書というよりバイブルに近い。

近年、親が子どもに手を掛けるなどの痛ましいニュースだったり、ショッピングモールで酷い扱い方をする親の行動だったりを目の当たりにして、うんざりする気分になることがある。

そんな時に、僕なら子どもにしないのになぁ、と思うことがある。常々、コミュニケーションで気をつけていることを思い起こさせる。

僕のパパライフが始まってから、ずっと意識していることもあれば、途中で気づいて行動を改めたこともある。

  1. 「早く」と言わない

  2. 「何してんの」と言わない

  3. バカにするようなことは言わない

  4. Youメッセージを使わない

  5. 明日、死んだとしたら後悔することはしない

  6. 抽象的な指示をしない

  7. 赤ちゃん言葉を使わない

  8. 親の真似の場合は責めない

「早く」と言わない

子どもを急がせる時に「早くしなさい」と言いたくなってしまいそうなものだが、僕は1回も言ったことがない。

僕は「早くしなさい」という言葉自体、言いたくない。というか言いたい人なんていないと思う。余計イライラするし。

「早くしなさい」と言って、行動そのもののスピードがあがったとして、その間、敏腕職人のように正確な動きをテキパキと子どもにできるだろうか。普段の行動とは別に訓練をしていない限り、たぶん難しい。少なくともうちではそんなことはやっていない。きっと慌ててバタバタしたり、ミスがあったり、嫌な気持ちになって逆に動けなくなることもあるだろう。

自分が「早く目的を達成する」のが望みであれば、自分が手伝えばいい。今日、うまくできなくても、明日できるかもしれない。手本を見せたり応援したりする方が早く終わると思っている。

あと、単純に、待つ。早く行動させたいのは、こちら側の都合だ。

学校に遅れる、電車に遅れる、それがどれだけの影響があるのか。場合にもよるので、本当に決定的に遅れてはいけないような用事であれば、そのまま用意もそこそこに、本人を担いで外に出るしかない。「早くしなさい」と言葉で急かすことに比べて目的を達成できるのはどちらだろう。

それにしても自分が待っている時間は長く感じる。5分、10分、刻々と過ぎていく時間に気が滅入るような気分にもなる。それはわかる。

だけど、子どもと付き合う時間で考えると、過去、何年も一緒に過ごしてきた月日のうちの5分10分であり、また、これから先、何十年も付き合う未来の最初の5分10分である。それを僕は待てないのか。待てないのであれば僕側の問題であると考える。

急かすだけの言動には、ほぼ意味がない。

行動を変えるか、自分の考え方を変えるかすれば、「早く」なんて言わなくても良くなる。

「何してんの」と言わない

子どもが何かしでかしてしまった時、何と声をかけるだろうか?

「何してんの!?」という言葉が出てくるイメージがあるのでは。

ただ、この「何してんの!?」は大変にハイコンテクストで文脈的な言葉である。

何をしているか問われて、そのままの行動の返答があったら、きっと「いや、そうじゃなくて」と思うのではなかろうか。この問答で察せられる通り、何をしているかを問うこと自体、意味がない。

そもそも僕たち大人も、全ての言動に目的を持って意識的に行なっている訳ではないと思う。好奇心や癖、無意識で何となく、ということもあるだろうと思う。子どもなんて尚更。

なので、何をしているか、そんなことを問うたとしても答えがない可能性だってある。その流れになったとしたら子どもはどうするか、きっと黙ったり泣いたり。そうなると問うた側は欲しい返答(望ましい行動)が得られないため余計にヒートアップ。誠に悪循環である。

この言葉の意味するところが「望ましくないことをしていることを伝えたい」だとか単純な威圧、ということであれば、「何してんの!?」ではなく、望ましくない行為をやめるように促したり、どのように考えてその行為に至ったのかを聞くべきだと思う。要は、やめてほしければ「やめて」と言えば良いし、逆に「どうしたの?だいじょうぶ?」と声をかければ良い。それにあたって、わざわざ威圧する必要はない。

続く

次回「バカにするようなことは言わない」「Youメッセージを使わない」の説明をしたいと思う。

〜参考〜