優秀の替わりに

yamotty
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公開:2025/11/26

「優秀」という言葉がそこそこ嫌いである。まずもって「何をもって秀でている」と表現しているのかが曖昧なところが嫌い。

秀でている、というのは時と場合と環境に依存が強い。なので「優秀」というのは証明が不可能な概念と化している。

自分だって苦手な場所ではポンコツになる。状況によっては、全く秀でていない人間になる。

世間では人を称するときに「優秀」があまりに頻出なため、釣られてたまに自分も使っちゃうけど。使ったときは訂正するようにしている。

替わりに「能力がある」という言葉を好んで使っている。

「能力がある」というのは「期待した結果を生み出すことができる」という意味で使う。

期待した結果を生み出すためには、複雑な力を発揮する必要がある。洞察力や、技術力や、コミュニケーション力など。

総じてスキルと呼ばれるものだろうが、大事なのはいくつかのスキルの集合を持っているかどうかではない。それらの発揮の結果である。

スキルはあるが結果が出ない、というのは自分の定義では「能力がない」に分類される。

なので能力があるかどうかは、スキルではなく、期待された状況に近い状況で結果を出したかどうか、で判断をする。

結果を出したかどうかを判断するための情報収集は、これまた高い能力を必要とするものではある。

まず期待が不明確だと、その期待に対して能力の有無が判断できない。なので、能力を判断する側にこそ、期待という言語空間を定義できる能力が求められる。

そして判断に際し、なんの情報を用いるかどうかも巧拙が現れる。いちばん簡単なのは、全く同じ状況で発揮された能力を評価すること。しかし完全一致する状況などない。

なので問は「過去のどれだけ類似した空間での結果を見るか」となる。サンプリングスキルだ。

とやかく書いたが、優秀という言葉に逃げるのを辞めていくのはどうでしょうかという提案でした。

@yamotty
しずかなyamotty。 プロファイル→ yamotty.me