実感としてはもはや遥か前のことだけど、5月末日に最終出勤日を迎えた。東京からお引越ししてきた約11年分の荷物(手帳!)があるので、最終出勤に直近の休みに、家族で挨拶がてら荷物を引き取りに行った。何度か役に立った、ずぶ濡れ出勤に備えたドライヤーとか。
GW前後は子がヒトメタニューモウイルスにかかり、高熱が出ていたので看病していた。案の定私も移ったが、軽症で済むだろうとのんびりしていたら、持病のぜんそくやアレルギー鼻炎と複合したのか、おびただしい量の鼻血や咳がでてしまい声帯に穴が空いた。穴まで空くことないやんと思うが、空いた。GW明けに空いていた市立病院に即駆け込むと副鼻腔炎だという診断で、お前またか、この季節に。という気持ち。
私も苦しいが、この時期、なによりも寝かしつけ問題がしんどかった。いやまだほんのり続いてるけど。イヤイヤ期真っ盛りの子は、病気になると母親のひっつき虫化をする。でも39.6℃出ても24時まで無限に遊んでいた子を、夫は理解できないらしい。遊んでいても、自分で決めた時間になると「はい、寝室いくよ」と遊びをシャットダウンし、「リビングで遊びたい」と泣き叫ぶ子を寝室に閉じ込め、諦めさせて寝かしつけるという方法が唯一の正解になってしまったらしい。子には毎日にこにこすやすやと眠ってほしい私には理解できないのだけど、しかし私が出勤を続けるということは5:40に起きる必要があり、そのためには早く寝てもらわないと実害を被るのは結局私であり、折れ続けるしかない状況だった。ま〜じでつらかった。なんでモニター越しに、泣き叫ぶ声だけ何十分も聞いてないといけないのか、意味がわからなかった。でも子が起きてる間に私がいくと興奮するとかいう謎理論で、立ち入りができなかった。そこは私の寝室でもあるのに。あーやっぱ客観的に書くと、度を超えておかしいね!!!退職後のいまは、5:40に起きる必要のなくなった私が寝かしつけ担当に復権したので、毎日にこにこすやすやと眠っています。たまに俺ルールおじさんがなにか言っているが。実際、他人には言ってないけど退職理由のひとつであり悲願だったので、退職後にいちばん最初に取り掛かったのは、寝かしつけ環境の改善。
最終日は午後休の予定。私がシフターだったので、全員に会えるよう全員出勤を企んでおいた。そしたら全員出勤なんて珍しいから、みんな自由に予定を入れまくっていて、お昼過ぎにちょっとしたセレモニーをしてもらった直後、パタリと事務所メンバーがいなくなってしまった。え、私、帰られへんやん😂結局お昼も食べ損ねて、退職メールを書くのに集中できず、PCの梱包に手間取り、名刺シュレッダーのやる気がなくなり、気持ちがへとへとになりながら、数人が戻ってきた定時(時短)まで働き続けるという、まあ、私らしい最後になった笑。
最終出勤日以降、2週間ほど有休を残しておいたので(本当は1ヶ月くらいあるつもりだったのに、ヒトメタやぎっくり腰やヘルニアのせいで…)その時期はのんびりとすることにした。でもなんとなく、気忙しい。それは、公的手続きが山のようにあるから。いちいち書くのもしんどいけど、ヘルニアの療養をしつつ在宅ならできるから失業保険をもらいたくて、でも子は保育園好きだし通園させ続けたいから、母の休職申立書という3ヶ月期限の申請を使い3ヶ月だけ失業保険。その後は開業届&再就業手当かな!?みたいな見通し。そこに健康保険や年金の申請が通常通り乗っかってくるのと、「会社辞めたならリハビリ始めましょか?」という医師に従い週2回リハビリを始めたので、毎日手帳と睨めっこしている。そのうちに手帳を買い替えたくなって、昨日、能率手帳デビューした。軽くて薄くて小さいのに、書くところがいっぱい。なんか、さすがおじさんたちの相棒…と恐れ入る。
最近は、いつもの女たちとの会合でパワーチャージさせてもらったり、保育園の送りに慣らし保育ぶりに行ったり、寝かしつけを含めて、柔軟に家事に参入したりし始めている。こうしてだんだんと、新しい生活に馴染んでゆくのだと思う。失業保険だけではおそらく足りないので、副業なども視野に入れつつ本業の見通しを立てていくのがこの夏。なにより今日は浜崎あゆみ@大阪!私は燃えているわよ🔥