短歌1

詫び寂び
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​​一筋の光がそして気まぐれな息吹 いのちを笹で包めり

​​ぽつねんと飛び立ち損ねた鷹がいる過去も未来もわからぬ山中

母の肩越しに見えては隠れたるひたいは昼間の満月として

​​気づくのはいつでも通りすぎてから散る花びらが指先冷やす

​​いつまでも手を振っている祖母の手を握りたかった川のせせらぎ

​​置いていくような気がした ごめんねを言えば本当になりそうだった

​​また来るねと祈りのように手を振ってバックミラーに空を見たこと

​​かつてここに樹として鎮座せしピアノ 畳の上に澄ました顔で

​​川岸にひときわ輝くホオズキをついに一度ももぐことはなく

​​木でできたとびらが息をしていたね あなたはこたつで眠っていたね

​​仏壇の鐘の音吸い込む木の柱 吾は背中をじっと見られて

​​ここで寝るのは最後だと知れたなら過ぎ去りし日は美しく朽ち

​​吾の夢としてあり今もハクモクレンついに掴めぬままに散りゆく

​​空き家にも森はやさしく寄り添えり 餞別として手放す麦わら

​​縁台に寝そべり宇宙を見たことを忘れてもいい真四角の部屋

​​照りつける陽を遮れば影生まれ祖母のまぶたに染む蛍光灯

​​いつだって恐ろしかった別離というさだめはいつも透き通るばかり

​​その足が踏めぬ地平のあることの のぞみの窓を過ぎ去る畦道

​​あらかじめ決められていた悲しみに鍬突き立てればさんざめく花

​​いま吾は寝床を持たぬ猫として宇宙に行って風を生み出す

​​てのひらの湿りけあの日のままゆえにこらえきれない吾を許せよ

​​息を吐くついでに叫ぶ愛ありて何億年後に届いてもいい

​​そっくりの幹のごとし手、春めいて いつか花片となる母の母

​​行く道と来た道の足跡眺め偏平足を愛しく思う

​​住まわれぬ家屋かすかな音立てて来世のための船となるらん

​​生命のともしび細くやわらかく風の流れに沿ってたなびく

​​枯れること知らぬほほえみ今もなお吾に生きよと呼びかけている

​​来た道を遠く見つめる祖母の目に映りし祖父のかしこき額

​​みどりごであったあなたの生命のきらめきそっとなぞれば晩夏

​​この夏がいつかの夏となる時もどこかで笑うためかける魔法

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