ぬい撮りってかわいい。前ジャンルの魔道祖師でぬいのかわいさに目覚めた。
私はグッズを買わないオタクである。Tシャツやマグカップなどデザインや形態が普段使いのできるものはたまに買うが、フィギュアも、アクスタも、缶バッジも、クリアファイルも買わないようにしている。どうやって使えばいいのか分からないのだ。飾る?部屋の雰囲気に合わない。身につける?格好に合わない。コラボカフェで推しCPのミニキャンドルを自引きした時はテンションが上がったが、その後は箪笥の肥やしになり、本当に欲しい人の元に行った方がいいだろうと考えてフリマに出した。
その私が、魔道祖師クラスタのTLでかわいらしい造形の忘羨ぬいがお出かけしている写真を見て、「生きてる!なんてかわいいんだ!」とうっとりしてしまった。私もこれをやりたい!
速攻で3種類ポチッた。大陸ぬいの多くは公式衣装を着ておらず、謎の着ぐるみだったり、自作・市販の衣装を着せる人が多い。小さいぬいは着ぐるみのものを買い、しかし原作の古装版で写真を撮りたいと思った私は、その時手に入る中で唯一原作衣装だった15センチという大きなぬいも購入した。ペアでハンドバッグの中身がぜんぶ埋まる大きさだ。
早速、お出かけに連れ出した。梅林に遊びに行ったので中華ぬいにぴったりなシチュエーションではないかとわくわくした。ところがである。私の撮った写真は……あきらかに「物撮り(ぶつどり)」だった。ぬいぐるみという商品のプロモーション用の写真、といえば聞こえはいいが、きれいな背景にちんまりと並べられた15cmの忘羨には、明らかに魂が宿っていないのである。前職では撮影のディレクションもしていたが、ぬい撮りの前には何の役にも立たなかったようだ。その日はバッグからのぬいの出し入れに難儀して、魏無羨の髪紐をどこかに落としてきてしまった。その後も何度かお出かけに連れ出したが、TLで見たような生き生きした写真は撮れないまま、私の忘羨ぬいは仕舞い込まれてしまった。
友人にもぬいを持ち歩いている人が居る。好きな作品のぬいだったので借りて撮ってみたが、やはり彼女の写真と私の写真では大きな違いがあった。同じ食卓で撮ったのに、彼女のぬい写真は生き生きしている。私のは……並べて撮っただけ。この違いはどこから出るんだろう。
結論。私にはぬい撮りのセンスが無い。たぶん、熱意やグッズ愛も足りない。命を宿らせるだけのガッツやディレクション力もない。あれはただバッグからパッと出して適当に並べて撮られている訳ではないのだ。グッズ愛に溢れた、ぬいに魂を込める職人が相応のディレクションをして初めて、あのかわいい「生きた」ぬい撮りが成立するのだ。これは可動フィギュアにも言える。ぬいほど広く普及している訳ではないが、可動フィギュアで面白い写真を撮る人もまたフィギュアに生命を吹き込むだけの熱意とディレクション力を持っているのだ。
ぬい撮りに挫折した者から、ぬい撮りのプロフェッショナルたちにリスペクトを込めて。あなた方はプロです。あなたたちのやっていることはクリエイティブです。特別な力を持っているんです。プロの手腕で、これからも生命を吹き込まれたかわいいぬいを見せてください。私は見る専で満足します。もうぬいは買いません。(フィギュアは買っちゃったけど……)
余談だがぬい撮りを禁止する飲食店とそれを支持するオタクの話題を目にした。衛生面を主に謳っているようだが、それなら「何よりも汚い」スマホを取り出すのを禁じないと道理が通らない。結局、「新しい楽しみ方」というのは叩かれるものなのだ。特に女性が中心となった遊びは。そんな意地悪な飲食店はキャンセルして、ぬい撮りを楽しんで欲しい。そしてそのおこぼれを見せて欲しい。
私のようにぬい撮りに向いていない自覚のある人間がどのくらいの割合で居るのか、あれはオタクなら普通に備わっているテクニックなのかがちょっと知りたい。ぬい撮りに挫折した人、居ますか?