メンタルクリニックで初めて過労鬱の診断を受けてから、過重労働と休職を繰り返し、双極性障害Ⅱ型の診断を受けるまでに8年ほどかかった。ストレスの原因から離れても長期間治らない鬱、繰り返す鬱に主治医が匙を投げ、自分自身で鬱になる前にどんな出来事があったか整理していくうちに、「徹夜を含む過重労働→疲れ知らずにテンションが上がる→万能感でどんどん予定を詰め込む→寝ないで活動→数ヶ月後に突然エネルギー切れ」というサイクルがあることを突き止めた。そして双極の治療を掲げているクリニックに転院して正式に診断を受けた。鬱を発症するよりずっと前の新人の頃にも、深夜2時にオフィスでシャボン玉を吹いていたエピソードを同期に指摘された。完全に軽躁の人じゃんと納得した。
3度目の休職の満了とともに労働環境の悪い前職を辞め、主治医にすすめられて障害者雇用を目指すため&引きこもりからのリハビリのために就労移行支援に通った。福祉団体や障害者雇用への賛否はここでは語らないが、とにかく長期鬱におちいるサイクルを止めたくて、センターではいつも自己分析と双極に関する本の読書をしていた。
本の中では、医者も、当事者でいまは安定して生活しているという人も、口を揃えて「諸悪の根源は躁」「躁転を防ぐための夜更かし厳禁・生活リズムの厳守」「寛解は難しいので低め安定(軽度鬱)くらいが理想的」と語っていた。希死念慮にまみれた鬱に戻りたくない一心で、毎晩21時を過ぎたらリラックスタイム、22時には就寝という生活を続けた。日記やスケジュール帳で活動量の把握をして、活動しすぎだと思ったら予定を減らすように心がけた。結果、躁鬱の波はこの3年かなり抑えられ、一年前についた新しい仕事も休まず(こっそりサボってはいるが)続けられている。
十代から三十代までの人生が「狂想曲」のように思える、穏やかな日々だ。しかし、時々、躁状態が恋しくなる。あの万能感。満ち足りた気持ち。爆発的なエネルギー。思えば記憶に強く残るような楽しかった思い出は、たいてい躁とともにある。平日のレイトショー通い。飲み会ハシゴやカラオケオール。海外弾丸一人旅で、寝ないで遊び回り、50kgに荷物の増えたトランクを引きずってつく帰途。留学先でのクラブ通い。同人イベント前の徹夜原稿。朝まで仕事して飛び乗る新幹線。仕事だって「面白かった」時期はだいたい躁の勢いとモチベーションが支えていた。「軽度鬱が一番いい」?鬱がいいってどういうことなんだ。私だって人生を楽しみたい。そもそもあの万能で活動的で輝いていた私は偽物だったのか。
今月は少し活動的になってお金も使い過ぎたから、気をつけなければいけないと反省をした。大丈夫、自覚できている。私はコントロールできる。そうやって「低め安定」の穏やかな日々に安堵しながら、でも時々躁が恋しくなる。あの爆発的な熱狂と衝動が。私の人生の愉しみはどこにあるのだろう。