大学の専攻がイスパニア学だった。スペインに留学もした。なので、スペイン語がそこそこ喋れる。スペイン語はバイナリーな言語である。男性名詞と女性名詞があることは有名だと思うが、三人称単数もél(彼)/ella(彼女)に二分されているし、形容詞も男性形・女性形に変化するので男言葉と女言葉に分かれる。
私はノンバイナリーだ。学生の頃はジェンダーアイデンティティに自覚がなく、戸籍上女性として生きていたのでスペイン語も女言葉で習得した。しかし30を過ぎてノンバイナリーの自覚が強くなると、女言葉で自分を表現することに抵抗感が出てきた。そこで欧米のLGBTQ+文化が成長して、英語の三人称単数theyも定着してきたことだし、ここらでノンバイナリーなスペイン語に舵を切ろうとした。ところが、調べても情報が断片的にしか手に入らないのである。
確認できたのは、英語の三人称単数theyを翻訳するためにelleができたこと。伴って、男性形-o、女性形-aに対して中性形-eの格変化が浸透してきたこと。アルゼンチンの左派政治家のスピーチで「みなさん」と呼びかける時に"todas, todos, y todes"が使用されていたこと(これは私も動画を観た)。そしてSNS上ではencantadeやHola a todesという中性形の挨拶が普通に使われている、ただし、クィアコミュニティとZ世代だけに……ということだ。
スペイン語の規範を決めるスペイン王立アカデミー(RAE)は「文法的な男性形がすでにインクルーシブであるため」elleやtodesは人工的で根拠がないと徹底拒絶している。
更に以前はLGBTQ+フレンドリーだったアルゼンチンも、右派が政権を握ってからブエノスアイレスの教育機関での中性形の禁止(子どもの言語発達を混乱させるため、らしい。ノンバイナリーの子どもは男女に分けられて混乱しないの?)が施行されるなど、向かい風はきつい。
最近は、中南米や欧州から日本に来る観光客も多く、スペイン語で案内や雑談をすることも増えてきた。勉強しなおそうと最新のテキストを買ったら、20年前から変わらない男言葉・女言葉しか載っておらずガックリ来たことがある。これは日本のスペイン語の教科書がRAEの規範に則って制作されているせいである。
しかし、アカデミックな場が、或いは右派がどれだけ否定しようが、ノンバイナリーのスペイン語話者は存在しているのだ。言語は生き物だ。どれだけ権威がノーと言っても、話者の実態に合わせて変化し続けていくのが自然な姿だ。世の中にはすでに浸透しているものだ。いつかencantadeを当たり前に使っているZ世代が権威組織で力を持つようになれば、規範の方も変わるだろう。私は女言葉を脱して中性スペイン語を話せるように学び直している。せっかく身につけた外国語だからこそ、自分にフィットした言葉で話したいものだ。