ばあちゃんのぼけが進行している。
しっかりものの祖父と暮らしていたから、これまで二人で何とかやっていていたのだが、この度祖父が腰の骨を折ってしまい入院することになった。
ばあちゃんは、基本的なことは一人でできる。毎日家中のカーテンを開けて、洗濯して、戸締りして、という習慣になっていることはできる。でも、ご飯を食べたかとか、薬を飲んだかとか、今日が何日だったとか、そういうことはすぐに忘れる。だから、一人で生活するのはちょっと不安。そこで母が週に何回か様子を見に行くことになった。母だけじゃ大変なので、叔父も交代で様子を見たり、毎日弁当を届けるサービスを頼むことにもなった。
母が教えてくれるばあちゃんの様子を忘れないように残しておく。
・ばあちゃんの風呂が長い。ばあちゃんは面倒くさがりで、もともと風呂不精。ひとりで風呂に入らすのはこわいので、母がいるときに風呂に入るようにしているのは問題がない。ただ、異様にながい。1時間立ったと思って母が様子を見に行くと、まだ服を着替えていて、また数十分して見に行くとそのまま洗濯物を干している。ばあちゃんの時間の流れがゆっくりすぎるらしい。
・ばあちゃんは薬を飲み忘れるので、母が飲んだか確認の電話をしている。そのたびに思い出し、薬を飲むそうだが、この間母が帰った時に、こっそり飲み忘れていた薬を捨てようとしていたのを目撃したらしい。こういう姑息なわざを使うんだな、と笑った。そういう知恵は働く。
・ばあちゃんと料理の話
ばあちゃんは、帰省するたびに牛乳寒天をつくってくれていた。この間顔を見に帰省したのだけど、冷蔵庫に牛乳とみかんだけ入ったタッパーを発見した。たぶん、私たちが帰ってくるから何かしてやらないとと思って、ぎゅうにゅうかんを作ってくれたのだけど、つくりかたがわからなくなってた。
牛乳寒天は牛乳と粉寒天を使う。そういえば、机の上にスープ用の糸寒天が置かれていて、しきりにばあちゃんが手に持ってなでていた。ああ、もしかして、これに使いたかったのかなってあとになって気づいた。ばあちゃん、ひとりで火を使うの危ないからって、いまコンロに使用禁止の紙貼られているから料理できないのに。でも、ぎゅうにゅうかんの記憶だけある。嬉しいような、切ないような気持になった。ちょっと泣きたくなった。
しゃばしゃばの牛乳とミカンのタッパーは、見つけたら思い出しちゃうからっていって、見つからないうちにこっそり捨てた。
次に様子を見に母が帰った時、母が帰ってくるからと何かしなきゃと思ったらしいばあちゃんが、使用禁止の紙の貼られたコンロを使ってスープを作っていた。
・祖父はひどく寂しがりで、入院先から何度も電話をする。「あれが食べたい」とか「ばあちゃんに美味しいものをたべさせてやってくれ」だとか。対するばあちゃんは結構ひとりで平気なタイプ。私とよく似ていて、めんどうくさがりで、蟹は好きだけど剥くのがめんどうだから食べたくないし、頑固。いくら祖父が出かけようといってもかたくなに拒否する。そんなばあちゃんが「ひとりは寂しい」と電話口で祖父に言ったそうだ。そっか、そうだよな。いつだって二人で暮らしていたもんな。でも祖父の見舞いに一笑に行く? と提案したら「私はいいわ」と言いそうだな。
・そういやもう一個思い出した。毎日届けてくれる弁当を「別においしくもない」って言ってたわ。それはわかるんだ、と思ったと同時にどうりで祖父がしきりに「美味しいものを食べさせてやってくれ」と言ったのか理解した。そういや弁当頼む以前からもばあちゃんは肉と刺身(しかも自分が好きなもの)しか食べないと言ってたわ。祖父はばあちゃんのことが好きだからせっせと美味しいものを食べさせてたしなー……。舌が肥えていらっしゃる、と思った話。