1年のうち、一番好きな月は5月かもしれない。
平安時代の随筆『枕草子』では、「春はあけぼの」という馴染みのある一節からはじまり、四季を巧みに表現している。枕草子にならい、わたしの稚拙な言葉で四季を表現するとこうなる。
- 春は花粉 夏は汗だく 秋はカメムシ 冬は寒い
稚拙を通り越して愚かですらある...... 口にすると鼻で笑うくらいにはなるかもしれないが、文字にすると泣けてくる。
正直、四季のうつくしさより辛さが上回ってしまうのだ。大人になって花粉症がひどくなったし、汗っかき体質で夏は人一倍汗をかく。秋はG並みに大嫌いなカメムシが大量発生してストレスだし、冬は寒くてトイレに行くことさえ億劫になってしまう。
四季折々の辛さを毎年ひしひしと感じるなか、ふと5月が一番好きかもと思った。
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ゴールデンウィークの後半、母と妹を連れて昭和記念公園にでかけた。目的はサイクリングだ。
昭和記念公園にはかなり早く着いた。余裕をもって出発したことにくわえ、8時開店のパン屋が実は8時半開店であることに到着してから気づき、結局開店を待たずに向かったからだ。
ゲート前に並び開園を待つ。開園直前にふと後ろをみると、ずらーっと長蛇の列ができていた。パン屋でサンドイッチを買えなかった悲しみが残っていたが、早く到着したことによる恩恵のほうが上回った。これで気持ちに折りあいをつけよう。
初めに向かうのは、自転車を借りる場所であるサイクルセンター。ゆっくり歩いて向かう気だった。しかし周りのほとんどの人がゲートをくぐると同時に走りだしていて、つられるようにわたしも走りだす。気づけばわたしよりも先を母が爆速で走っていることに笑ってしまった。あとから駆けつけた妹は、重いリュックで走れなかったようで「なんでおいていくの!」と怒っていた。ごめん。
母と妹は2人乗りができるタンデム自転車、わたしは普通の自転車に乗る。ほかの人よりも先に自転車にのったはずだが、2人乗り自転車のバランスがうまくとれない母と妹が苦戦している間に、ずいぶんと追い抜かされてしまった。ほとんどが走りだして喧騒が落ち着いた頃、ようやくわたしたちが進みはじめる。
サイクリングコースは一般の道と区別されている自転車専用の道だ。通行人を気にかける必要はなく、一般道よりはるかに空いていてかなり快適。一般道と交差する地点では、徒歩で園内をめぐる人がうらやましそうに自転車をみていて、ちょっとした優越感があった。
総延長14kmのサイクリングコースには、駐輪スポットが点在している。寄りたいエリアに近い駐輪場に自転車をとめ、各エリアまでは徒歩で向かうのだ。
はじめにネモフィラが咲いている「花の丘」を目指す。遠くからでも小高い丘一面が淡いブルーに覆われている光景がみえてきた。
遠くから眺めると水色の絨毯が敷かれているよう。一つひとつは小さく可憐で儚さを感じる反面、太陽の光をめいいっぱい浴びるように上向きに咲く姿に生命力を感じる。
丘の上から撮ると、高さによってちょうど人が隠れるアングルになり、雲ひとつない青空から続くグラデーションにうっとりした。
駐輪スポットに戻り、昭和記念公園の北にある砂川口に向かってしばらく道なりに進む。小さな子どもたちでにぎわう、子どもの森エリアの脇を進むと、シンボルツリーの大ケヤキがそびえたつみんなの原っぱに近づく。このときまだ10時すぎだったが、早めにお昼をとっておこうと意見がそろった。
大ケヤキがある場所に向かうと、残念ながら先客でスペースに余裕がなさそう。潔くあきらめて、渓流そばのベンチでお昼休憩をとる。ここがなかなかのベストスポットだった。
木が集まり木陰ができ、そよ風がひんやりと涼しい。目の前には澄んだ水に木々が映しだされ、カルガモが横切ると水面が波打ちきらきらと輝く。
人通りがほとんどなく、自然に囲まれた場所で食べるおにぎりは一層おいしかった。
エネルギーチャージをしたらまた自転車にのる。次は立川口ゲート前に向かった。自転車を降り、噴水のあるワイドな水路脇の木陰に入りながらゲート前まで歩き、日付が書かれたボード前で記念撮影。これで昭和記念公園をぐるっと一周したことになる。
まだ自転車の返却時間まで余裕があったので、もう一周してみないかと提案すると、ノリノリで「行こう!」と返ってきた。どうやら親子ともども二人乗り自転車がお気に召したらしい。2周目はどこにも立ち寄らず、純粋にサイクリングを楽しもうと3人で決めた。
立川口から砂川口に向かい、西立川口をゴールとする。途中に坂道があり、照りつける直射日光もあいまって体力を奪われたが、こもれび丘横のサイクリングコースが最高ですっかり回復した。
木が頭上まで生い茂り、森のなかにいるような道。木陰が多いゆるやかな下り坂なので、ペダルを踏まずともスイスイ自転車が進み快適だ。
勢いに身を任せると、だんだんとうっそうとした木々から脇にそれて視界がひらける。午前中にみたネモフィラを思いだす青のグラデーションと、若々しい緑のコントラストがよりくっきりとし、すべてがきらきらしてみえた。
風がふくと気持ちのいい冷たさが肌をなでる。葉っぱがこすれあい、波のさざめきのように聞こえてくる。自然と表情がほぐれ、何度も気持ちいいとつぶやいてしまうくらい爽快だった。
時間をめいいっぱい使い、昭和記念公園でのサイクリングを終える。帰路につく途中の母と妹を何気なく撮った写真を見返すと、清々しいほどの青と緑を背景に、満足感と達成感にあふれた笑顔が輝いていた。
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会社員をやめてから五月病はなくなった。移動時間、団体行動、連帯責任などな負担から解放されたのはかなりデカい。今は5月が一番好きだ。