財布を失くして四日市まで行った

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タイトルだけ書けばそれだけの話なのだが、数年ぶりに財布を紛失して、そして発見された財布を引き取りに新幹線と近鉄線を乗り継いで四日市まで行った。

ふつうの人は財布を失くしたりしないものらしいが、わたしは何度も失くしたとがあって、出て来なかったこともあるし、警察のお世話になったことがある。警察のお世話というのはもちろん拾得物として届いたというだけなのだけど。

それでもここ数年は改善していた。大きい財布を持つようにして服のポケットに入れないようにして落としたり盗まれたりしづらくして、そして財布にはAirTagを仕込んで万が一に備えていた。

最近は財布を2つに分け、よく使うものの入ったメイン財布と、あまり使わないカード類を入れたサブ財布としていた。そしてサブ財布のほうを失くしてしまった。

その日は旅行の最終日で、すこしトラブルもあって気持ちに落ち着きがなかった。駅のコインロッカーに預けていたスーツケースを取り出して、持ち歩いていたリュックサックと紙袋の中身を移したりしていたときに置き忘れたのだと思う。そして、サブ財布に入れたAirTagの電池は数日前から切れかかっていて、歩いているときに何度も「手元から離れました」の通知が来ていた。その日、駅で「手元から離れました」の通知が出ていたのかもしれない。


サブ財布がないのに気付いたのは帰宅してから2日経ったときだった。荷物をいくら探してもサブ財布が出てこないのでAirTagの「探す」で見てみると、財布はどうやら近鉄四日市という駅にあるらしいことがわかった。

これは、おそらく近鉄線のどこかで収得されたのではないかと思い、ひとまず「近鉄 忘れ物」で検索してみた。やはり四日市に忘れ物センターがあるのは間違いないようだった。

しかし「近鉄忘れ物検索サービス」というチャットボット風のサービスでそれらしい条件を入れても、毎度毎度「見つかりませんでした」と言われてしまう。そもそもチャットボット風なのに全くチャットではなく、日付・列車内で忘れたかどうか・乗車駅・降車駅・忘れ物の分類・忘れ物の種類・忘れ物の色の一問一答を与えられ選択肢から選ぶだけなのである。忘れ物の分類は、システムに登録した人によって「財布・名刺・定期入れ」かもしれないし「免許・カード類」かもしれない。「財布・名刺・定期入れ」の種類は見る人によって「財布」かもしれないし「カード入れ」かもしれないし「定期入れ」かもしれない。中に入れていた「免許・カード類」として登録されているとしたら、もっといろいろな種類が考えられる。忘れ物の色も主観によって白かもしれないしグレーかもしれないしベージュかもしれない。そして条件を変えて検索しようとすると最初からやり直させられるので非常に効率が悪く、埒があかない。なぜこんなユーザーインターフェースにしてしまったのか。

埒があかないので「お忘れ物専用ダイヤル」に電話をしてみると、上記のような条件を何度も繰り返し、人間に言うだけだった。これこそチャットUIである。とはいえ検索条件なり結果なりには多少のファジーさが含められるようだった。こちらからはひたすら何度も「AirTagは○分前に近鉄四日市駅にある情報が出ているので、間違いなく落とし物センターだろう。そもそも近鉄四日市に降りたりしていない」ということを繰り返し伝えた。

何回か「××かもしれない」ということを繰り返して言っていったところ、なんとかそれらしい忘れ物が発見されたようだった。発見された場所、外見の特徴、中身についての情報などが一致するため間違いないようだが、それらに含まれる個人情報がシステムに未登録だったらしく、その内容を確認して折り返し電話するとのことだった。数分後に折り返しの電話が来て、無事に個人情報が照合され、財布の無事は確認された。

問題は近鉄四日市にあるということである。忘れ物センターの連絡先を調べたときに「忘れ物の着払いでの配送は可能だが、『個人情報が含まれるもの』『現金等』は配送ができない」という説明を読んでいたので絶望的ではあったものの、コールセンターのオペレーターの方は念のため規程を確認し、そしてやはり配送ができないことが告げられた。

サブ財布には健康保険証もマイナンバーカードも入っていた。つまりこれは、月初の保険証チェックまでに取り戻さないと通院・処方薬の費用がすべて自己負担になることを意味する。四日市まで往復すると3万円ほどかかるが、諸々の手続の面倒くささと、3割負担で週に2000〜3000円程度かかっている医療費を考えると、9月中に取り戻しておくのに3万円払うことは何も惜しくなくなった。


四日市まで取りに行くのは9月中ならいつでも良かった。会社の勤続10年で長期休暇をもらっていたので、たまたま他の用事の都合のよい21日土曜日に行くことにした。しかし休暇で社会性の鈍った頭で考えたこの日程は大失敗だった。この日は3連休の初日である。前日の時点で新幹線の指定席はほぼ埋まっていた。

仕方なしに名古屋までのグリーン車を予約し、この日の朝に名古屋に向かった。グリーン車にすることで値段は4000円弱上がるのだが、予定を考え直すのも面倒だった。

名古屋に着いて、ひとまず名古屋らしい昼食ということでスガキヤのラーメンを食べ、近鉄の急行に乗り換えて四日市に向かう。四日市という場所には何もときめきを感じていなかった。ただ、教科書に出てくる「四日市ぜんそく」くらいしか知らない、そういう場所だった。四日市ぜんそくについても四大公害病という括りの扱いで、なんなら水俣病やイタイイタイ病のほうが印象に残っていた。四日市の観光スポットやグルメ情報なども調べたが、どうも行ってみたいと思えるものものなかった。仕方なくWikipediaで四日市ぜんそくのことを調べていた。

近鉄四日市駅に着くと、案内のとおりに忘れ物センターへ向かった。忘れ物センターの扉を開けると畳1枚分もないスペースで2人の客に2人の係員が対応していて、その狭いスペースでその2人の対応が終わるのを待つしかなかった。忘れ物センターというのは忘れ物を引き渡すことをメインとしているイメージでいたが、部屋の面積のほとんどは忘れ物を保管する倉庫としての機能に取られているようだった。

自分の番がきて、コールセンターのオペレーターから忘れ物センターで伝えに言われた、拾得のあった駅名と日付と、忘れ物の管理番号を告げると、係員はパソコンにそれを入力していた。ところがその前に使った検索条件が残り続けるらしく、条件を外しながら3回か4回探してようやく見つかるという感じだった。やはり忘れ物を検索するという目的を効率良くサポートできるユーザーインターフェースになっていないのではないかと疑いを持ってしまう。なんとか忘れ物のシステム上で財布がみつかり、それを引き出しのような場所から探している間、サポートになればと思い、AirTagで音を鳴らしたりしてみていたが、係員は気にしていなさそうだった。AirTagの音ちっちゃいもんな。

渡された紙に住所や電話番号を書き、免許証と照合され、無事に財布は手元に戻ってきた。住所が東京都であることで「わざわざ来たの?」とか言われたら嫌だなと思ったが、何も言われなかった。何も言われないのはそれはそれで寂しい。


わざわざ四日市に来たので、とりあえず駅前を散歩して、「四日市公害と環境未来館」というところに寄ってみた。公害訴訟の経緯を説明する映像展示は見応えがあったのだが、ほとんどの来館者はスルーしていそうな雰囲気だった。

四日市は、正直なところ「ぜんそくの街」というイメージが強かったが、現在は環境の維持と開発と産業の両立を実現しているということをアピールされていて、実際にすこし歩いてみた感想は「普通の街」だった。普通の街なので、本当に財布を取りに東京から往復しただけになってしまったのだが……。

ひとまず近鉄百貨店でお土産に赤福やら伊勢うどんを買い、名古屋でもう少しお土産を買い足し、帰りの新幹線はグリーン車ではなく普通車指定席で帰ってきた。なんだかよくわからない1日だった。