フランスの作家ボリス・ヴィアン作、野崎歓訳(光文社)
「日々の泡」という邦題もある。読みやすいとの評判だったので自分は野崎訳を選んだけど、他からも邦訳が出ている。
顔が良くて背が高くてスタイルが良くて働かなくても済むくらい金を持っている青年コランが、ある美しい女性クロエと出会い結ばれるものの、クロエは肺に睡蓮が咲くという奇病に冒されのち命を落とす……というあらすじ。この要約は少し偏っているかもしれない。
ここまで読んで闘病ものね……と思った方もいるかもしれないけれど、多分この話の本題はここではない。
当たり前の顔して書かれているのでそういうものね、と飲み込んでしまいそうになるが、あまりにもさらりと人が死ぬし水道からうなぎが出てくるしそれを食うし履いてた靴から靴底は逃げ出すしとファンタジックな描写がいくつも続き、まあまあグロテスクな描写も多いものの特に前半部は幻想的で美しい詩的な描写が多い。多分後半部の、クロエに病気が見つかってからの悲壮な描写を引き立たせるため、というのも多分にあるんだろうが……クロエの病気自体も実在する病ではない上に、肺に睡蓮が根付くというとんでもなく耽美な病。おまけに睡蓮が咲くのを遅らせるには病人の周りを花で囲むのが有効というのも想像するだに美しい。どこから着想を得たのかわからないが、この小説がフランスの若者の間でカルト的人気を得たのはすごくわかる気がする。
しかしまあ全体的にすごい話だ。ストーリーラインとしてはありふれたというと怒られてしまいそうだが、男女が出会い結ばれ、そして片方が病に陥る小説、というといくらでもありそう。だけどこの小説はさほど感情に訴えかけては来ず、さりとて淡々と綴られているわけでもないというバランス感覚。登場人物は少ないながらもあまり皆幸せそうではない。この話を青春の季節の果てにある荒廃と喪失、と表したこの本のあらすじもすごい。
コランもクロエも可愛らしいけれど感情移入まで至らず、苦しむために読み始めた面もあるのは否定できないので(ドM!?)ちょっと拍子抜け。醜い。だったらニコラの方が好きまである。色好みすぎだけど多分いい奴。
気になったこととしては、クロエやコランの家族はいないのか? ということ。金持ちだったコランは花を常にクロエの周りに置かなければならず金に苦心し始め、あれほど労働を嫌がっていたけれど働くことまでし始めたので。……いたとしてもクロエの病の治療法は肺から睡蓮を切除することなので、大して結末には影響しなさそうだけど。
魔法使いの約束のクロエの元ネタはこのクロエではと言われているが、そのへんはよくわからない。最近まほやくから離れているから……元ネタだとしたらめちゃくちゃ嫌だなと思うけどヒースクリフ(嵐が丘)とかいるしな、という感じはある。米津玄師の感電の「肺に睡蓮」はこっちじゃなくて綾野剛主演のシャニダールの花っぽいのかな? 見てないけど、検索してみての所感。
あと気になるのは ▶︎花吐き病(はなはきびょう) https://numan.tokyo/words/6ddh7/ クロエは花を吐いてはなくないか?ということ……かな。
総評としては酷く心が乱されたり情緒を揺らされたりということはないけれど、美しく、(途中で投げ出すことなく)読み切れたという点でとても良い小説、そこまで自分は海外文学を読んでるわけではないけど、するりと理解できるので訳としても素晴らしいのではないかと。自分は好きです。ファンタジー寄りの吉田篤弘っぽいので。