『耳をすませば』という物語をご存知だろうか。
柊あおい先生の漫画を原作とし、スタジオジブリが制作したアニメーションムービー、そして、松坂桃李×清野菜名で実写映画化もしている、言わずと知れた名作だ。
あのお話では、月島雫という読書好きの女子中学生が、骨董品店に飾られていた猫のバロンに惹かれ、様々な出会いとバロンの存在感にインスピレーションを受け、物語を書き始めるというくだりがある。
じつはわたしも、似たような経験をしたことがあるのだ。
時は昭和が終わるころ、80年代後半。
わたしは小学校五年生だった。
当時埼玉県の川口市ということろに住んでおり、鋳物工業が盛んな街だった。
どこからそんな情報を仕入れたのかまったく覚えてないが
『とある町に、芸能人の生写真ならなんでも揃う店がある』
という噂が流れた。
当時の芸能グッズ事情はよく知らないが、わたしの記憶では、原宿竹下通りにあるタレントショップ、またいわゆる男性アイドル限定のお店などはあったが、ミュージシャンやお笑い芸人などのグッズは今ほど出回ってなかったと思う。
「明星」(現:Myojo 明星)の付録にはあったかもしれないが、小学生のおこずかいでは難しい。
そして、お目当てタレント以外には興味がない。
わたしはとんねるずの大ファンだった。
異性として、タカさんにゾッコンだった。
もしかしたら、そのお店ならタカさんの生写真があるかもしれない。
ともだちは藤井フミヤの大ファンだった。
チェックのスカートをいつも履いていた。
彼女と意を決して、そのお店を探す旅にでた。
今思えば、地図も読めない小学生ふたりが、インターネットも携帯電話もない、もっと言うとテレフォンカードすらようやく普及し始めた時代に、「たしかあのあたり」くらいの薄い情報で、チャリンコ走らせて店を探すのだから無謀極まりない。
だが、
果たせるかなその店はあったのだ。
どのようにして、どのくらい時間をかけて辿り着いたのかは覚えていない。
陽はうっすら傾いていた記憶だ。
店構えは下町の駄菓子屋といった風情で、狭い店内の壁一面に様々な芸能人の生写真が貼られ、タレントの画像がB5〜A4サイズにラミネート加工され「ミニ下敷き」と称してぶら下げられていた。
消しゴムや鉛筆などふつうの文具も置いてあるが、芸能人の画像を加工した商品がほとんどだった。
今思えば、いかに昭和がおおらかな時代だったとはいえ、アウト中のアウトな商売だ。
スナックのママ風の女性がレジ番をしていたのをよく覚えている。
そして、それはあった。
とんねるずの、ふたりいっしょの生写真はもちろん、タカさんとノリさん別々のものまであった。
わたしは興奮した。
こうした商品がどのように作られたのかなど、もはやどうでもいいのだ子どもだから。
一緒に来た友だちも、ラミネートされたフミヤを数枚、嬉しそうにレジに運んでいた。
大きいつづらにも小さいつづらにも宝物が入っていたような幸福感につつまれ、帰ろうと自転車にまたがったわたしたちは数分後、笑えないことに気づく。
帰り道が分からないのだ。
まさに、通りゃんせのごとし。
あっちでもないこっちでもない、と道を行くが見覚えのある景色は見えてこない。
「よむちゃん見て!」
フミヤを携えし友人が叫んだ。
指差した先に見える、見覚えのある青と赤に囲まれた白い鳥、そうイトーヨーカドーだ。
イトーヨーカドー赤羽店だった。
わたしたちは、川口市(埼玉県)から赤羽(東京都)まできていた。
陽はすっかり落ち、こうこうと輝くイトーヨーカドー赤羽店を
何か法に抵触してそうな、ラミネート加工されたフミヤとタカさんを
何十年経ったいまでもはっきり覚えているのだった。
【追記】どこが耳をすませばやねん