正直なところ、「青春時代」というものがよく分からない。いつものように、青春に関する必修科目の履修を忘れ、そのほかのことばかりに夢中になっていたので、これ以降、「青春」と表記されても、実際はそうでないものが多いかもしれない。
そんな前置きはさておいて、明日、書きながら日付が変わってしまったので今日、およそ6年ぶりにUNISON SQUARE GARDENのライブに行く。前回は、Bee side Sea sideのライブの時かな、2019年の11月とかだったので本当にひさしぶり。この6年間でいろんなことが変わった。あの時もあの時で今とは違った形で文字に埋もれていたし、変わらず日記も書いていたけれど、今ほどいろんな手段を使ってまでは書いていなかった気がする。
私の中でユニゾンは、自転車で学校に通っていたころの記憶を呼び覚ます音である。あの時楽しかったことや苦しかったことも思い出す。あの時の空気ごと、自分のことを肯定していいと思える音、だから昔ほどではないけれど、今も聴いている。まだ自転車に乗りながらイヤホンで音楽を聴いていてもいいし(単純に田舎すぎて見過ごされていたのかもしれない)、ヘルメットもしなくていい時代。学校までの決して平坦ではない道のりで、自転車のペダルを回すのに欠かせないバンドだった。私の中で長らくヘビロテのバンドとして君臨していたほど、好きなロックバンドだった。最初に聴いたのは、美容室でほどほどに伸びた髪を切っているとき。ちょうどモニターに映っていたCSの音楽専門チャンネルで流れていたのが「リニアブルーを聴きながら」で、「好きだな〜」と思ったと同時に、画面の中で激しく音楽をしていたベースの人を見て「この人とんでもないな」と思った。その、絶えず動き続けるベースの人こそ、作詞・作曲の田淵である。
本当に15年ぐらい前の話なのだけれど、ちょうどこの時期に邦ロックを聴き始めた。姉がCDを持っていたASIAN KUNG-FU GENERATIONやポルノグラフィティだけでなく、自分の好きな音を求めてTSUTAYAにも通った。通学時に聴いていたら、いつの間にか私のウォークマンにはロックバンドの鳴らす音が増えていた。お気に入りの緑色のウォークマン、いまも現役である。
なんやかんやあって、ライブに行き始めたのは、自分でも収入を得るようになってから。田淵がよく喋る長文のブログに「君の一番近い街まで行く」と何度も何度も書いてあったので、その言葉を信じて一番生活に近いところに申し込んだ、というのが前回の2019年のライブツアーである。当時私はまだサブスクというものとさっぱり縁がなく、CDを買ってはPCに取り込み、ウォークマンに同期していた。ユニゾンも、そのほかのジャンルもそうである。で、アーティスト別で聴いていくと何日もユニゾンを聴き続けられるので、そうやってずっとロックバンドを好きでいた。初めて買ったCDがUNISON SQUARE GARDENの「harmonized finale」なこともあって(ちょうどその時に田淵がブログで「I wanna believe、夜を行くはアルバムに入れないよ」みたいなことを書いていて「うひゃ〜聴きたい〜」と買ったんだと思う…それでやっぱりめちゃくちゃ好きだった記憶)、ユニゾンの普段表に出ないB面曲のライブツアーと聴いて迷わなかった。MCで斎藤さんが「きょういっぱいMVとか見て予習してきたと思うけど、その曲全部やりません〜!」と言っていて「ひょ〜」と思った記憶がある。当時の私はB面アルバムも全部聞いたうえでライブに行き、まさかの田淵正面の1桁列を引き当ててしまい俺とお前の一騎打ちを体感したのをしっかり覚えているからだ。この先私が老人ホームに入ったとしても「田淵ってのがいてな、」と語り継ぎたい。たぶん田淵の話とTOMOOの武道館ライブのGingerといま回っているアルバムツアーのCinderella、エンドレス、Lip noiseの話をして「おばあちゃんそれさっきも聞いたよ」って言われるんだと思う。それはさておき。
という記憶が残る6年前と今ではかなり状況が変わってしまっている。ゆる追いもゆる追いで、もうすっかりサブスク中心の生活になってしまった。好きな人のCDが出たら買うし、見たいライブDVDが出たら買う、で、そこに至らないまでも、音楽はサブスクで聴いたり、時に運試しのようにライブに申し込んでは、行って音を浴びるというスタイルになった。音楽との距離感が変わったせいか、海外のアイドルもよく聞くようになり、長いキャリアを持つアーティストの曲も新旧問わずによく聞いている。「まあ聴いてみましょうか」ですっかり好きになっていたり、自分の意図が入っていないプレイリストを流していて「あ、好きかも」と新しく開拓したり、そんなふうになってしまった。肌身離さず持ち歩いていたウォークマンも、ホールドボタンが壊れてからは、すっかり家置きの機器になり、携帯電話であるはずの端末がすっかりウォークマンになった。ここまでごく自然ななりゆきであった。
で、去年の10月末、ふとイープラスのアプリを開いた時にユニゾンが仙台サンプラザホールでライブをすることを知って「まあ、運試しですよ」と申し込んだ。落ちればそれまで、受かれば行くまで。軽い気持ちで申し込んでみたら、偶然にも当たってしまい「ありがたや〜」と再会に期待を募らせる。コロナ禍直前の記憶が田淵側一桁列で、田淵がブログで繰り返し書いているように「みんなが楽しいかではなく、君が楽しいかどうかだ」と問われ続けた、あの仙台サンプラザホールだ。この会場はどこの席になったとしても最高なのはこれまでの経験で分かりきっている。音楽ってこんなに楽しいんだという気持ちを呼び覚ますのが、この会場なのだ。
私が好きなロックバンドが、まだ音を鳴らしてくれている。しかもあの時と変わらずに全国を飛び回って、音鳴らし続けていてくれている。そのことに嬉しさを募らせて、そして私も久しぶりに大好きなロックバンドの音の海で漂えることを楽しみにしている。楽しみだな〜〜!今回は前回より断然遠くの席だけど、ほんとうにどこでも楽しい会場だから安心。大好き。この前偶然仙台駅から仙台サンプラザホール最寄りの榴ヶ岡駅まで歩いてしまったのだけれど(これは本当にアクシデント。そのまま仙石線の駅に辿り着けずに松島まで歩くのかな…と思って怖かった)、次は目的地として歩いていけるのが何よりも嬉しい。ほんとうにたのしみ〜〜〜「いやどうせ予習したところで」と思ったのだけれど、予習しておくかと思って「SUB MACHINE, BEST MACHINE」を聴いてみた。
新曲の「アナザーワールドエンド」あまりにも良かったのできいてほし〜!一貫して田淵智也なの、わ〜〜んとなってしまう。「歌が街を包んで みんな幸せになるなんて 都合がいいよな」「だけど聞こえる限度はやっぱあるから なるべく近くに行くからね」「教科書は正義なんかじゃないから」このあたりが特に田淵らしいというか、なんだろう聴いたことあるようで、でもこの曲の中の言葉で。本当に、私は記憶を失ったとしてもユニゾンの歌を聴いて自分好きだった音楽を思い出したいよ、と思うのでした。
あと、配信はされていないので、「Catch up,latency」か「Bee side Sea side」のCDを聴いてほしいんだけど「たらればわたがし」とかも好き。そのままぼんやりして「不届き者出会え出会え!(成敗!成敗!)」な「ここで会ったがけもの道」とかも聴いて欲しいんですよね…。私はわりといつも「たられば積み重なったら わたがしにして食べちゃうから」のところで「ウワーッ好きだ〜〜!」(と思いつつ、「何を食べたらこんな、たらればをわたがしにして食べちゃおうと思うんだろう…」と不思議な気持ち)になってぼんやりするので…自動的に「ここで会ったがけもの道」を聞くことになるんですけど…。温度差すごいな、春分の日のもう次の日に大暑がやってくる。同じシングルにこんな系統の違う3曲を揃えたの、すごすぎる。
あと、最初にユニゾンのシングルを聴くようになった「I wanna believe、夜を行く」も好き。サブスクで聞けるものだと「JET CO.」のアルバムが好きです。「Poplus Poplus」も好きなんだけど、ここのあたりは本当に、通学路で抜かしてくる自転車を追い抜くときに聞いてたので特に印象に残っている(本当に物騒な自転車乗りをしていて…どんな坂道でもサドルに跨ったまま登り切るのが好きだったんですよ。多分今も好き、降りるの面倒だから)。あと単純に勉強する時とか読書をする時にランダムでかけてよく聞いていた。とはいえ、「Ninth Peel」とかも好きで(エアロバイク漕ぐ時にめちゃくちゃちょうどいいんだよ「カオスが極まる」のあたりから記憶を失ってゾーンに入ってる、また自転車だ…!)
17歳のときに聞いていた音楽を一生聴き続けるというジンクスめいたものがあるけれど、それを言うならば私にとってはUNISON SQUARE GARDENこそが、17歳の時に聞いていた音楽だった。夏目漱石の「こころ」を初めて読んだのも17歳の時だったので、そう考えるとその土台の上に生活が積み重なっているのかもしれない…。17歳のわたし、十数年後のわたしもまだUNISON SQUARE GARDENを聴いているよ。ロックバンドは変わらずいろんな場所で音を鳴らしていて、いろんな街であかりを灯しているよ。
何はともかく楽しみだ…!とはいえ、いろいろあって半日は労働をしなくてはならないので、さっと切り上げて非日常に飛び込んでいこうと思う。たのしみ〜〜!また会場でね!