めそめそ日記、冬の終わりに。

よん
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公開:2026/2/1

(1月29日になったばかりの真夜中に書いた日記)

いろいろあってさっき部屋に戻ってきた。部屋の温度は4.7℃。充電中のiPadをうっかり枕元に置いて寝ると充電が止まっている朝が多く、それも納得するほどの寒さ。ちなみに息も白い。寒すぎる。私が寒さに震えている間に、ついさっき年を開けたばかりの2026年だって、早くも大寒を過ぎようとしている。早い。一言で言ってしまえばそうだが、早いという言葉の中には待ち遠しい気持ちと、少し名残惜しむような気持ちが同居している。

暑い時は暑い時で早く涼しくなって欲しいと思ったけれど、寒い日も寒い日で早く暖かくなってほしいと思っている。けど、どちらがより耐えられるかと問われたら、きっと「暑いほう」と答えるなあと思っている今日この頃である。暖かく明るい日の光が恋しい。

⬛︎めそめそしている

去年の記録を見てみると、「Duolingoのレッスンがしんどくて泣いた」という日記が出てきて「それ今頃なんだ!」と久しぶりに新鮮に驚いてしまった。あの緑色の鳥を焼き鳥にして食べると決めたのはこの時期だったのか。焼き鳥にして美味しく食べること以外は記憶の引き出しの奥のほうにしまって、思い出す機会もなかったから単純にびっくりした。今になって振り返ってみると、あまりにも小さなことが発端で面白い。振り返ってみると面白く思えることだけれど、当時の自分には大きな悩みであった。悩み、ではないか。心の柔らかいところにピンヒールを履いた人たちが集まって一斉にジャンプしたり、ダンスしたりしているような感じ。ジャンプされている私自身は痛みを感じていて、どうしようもなく助けてほしかった。今はもう面白い話としてしまっているけれど、当時の私はめそめそしていた。

去年のことを笑っている今年の私は、別のことでめそめそしている。音楽を聞いては泣いて、ご飯を食べては泣いている。「泣きの特異日」というのが一年の中に何日かあるというのはわかっていたが、この時期にもそれがあるということに今年初めて気がついた。1月26日〜29日ぐらいまではきっとめそめそしている。つらい。家から出ないのもあって、またつらく感じるのだろう。実はこの前仙台から帰ってきてから外に出ていない。今日外に出なければ5日になる。玄関は玄関という概念になり、そこから外に出られるということを私はすっかり頭の片隅に追いやってしまっている。夏は家から出なくてもなんだかんだ夏のお友達を待って窓を開けるし、窓の外が見やすい部屋にいるからそうでもないけれど、冬は部屋の窓の配置の関係で一日中壁に向き合っているということもあって、外の様子を見ない。時々夕暮れを見るくらい。そんな時用にシャボン玉を買ったのに、結局いろんなものに追われている状況にかこつけて、ここしばらくはシャボン玉の存在も玄関と同じように頭の片隅に追いやってしまっている。

(結局1週間外に出なかった。ので、シャボン玉をもう少し増やしてみた。これで外に出る・窓を開けるぐらいはしたいところ。2月の私に期待)


(2月1日になったばかりの真夜中に書いた日記)

⬛︎夕暮れ、子規のみた光

すっかり1週間が過ぎてしまった。スケジュールがぎゅうぎゅうでめそめそしている間にあっという間に曜日が一周している。このままだと今年も一瞬で過ぎてしまう。目を閉じて息を吸って吐いて、そんなこんなで春になってしまう。

改めて、先週1月24日(土)に塩竈神社に行ってきた。前日のライブで仙台にいて、そのまま日帰りでも…と思っていたのだけれど、はなこさんが個展をされていることを思い出し「行ってみましょう」と初めて仙台から北に向かっていく東北本線に乗り込み、塩釜駅に降り立った。「ご飯屋 はれ」というお店での個展ということもあり、鮮やかな色彩の作品をご飯と一緒に楽しめるのが良かった。

ご飯を食べながらおしゃべりをして、とても良い時間だったなあと思いつつ、せっかく近くまで来たのだからと塩竈神社に向かうことにした。私の最近の傾向として仙石線に乗り込むと寝過ごすか、方向を間違えるかのどちらかが絶対にあるのだけれど、今回も例に漏れず、ホームを間違えて仙台行きの列車に乗ってしまいそうになった。気を取り直して、松島行きの列車に乗り込んで本塩釜駅に着くと、ここからはいつものように街角の地図と標識を頼りに目的地に向かう。今回、なぜか(ほんとうになぜか)地図を見て「駐車場まで行ったらほぼ同じ敷地だね」と、気がつけば山道を登っていた。記憶の中の塩竈神社といえば、信じ難いほど長い階段がある神社だった。しかし、気がつけば「登っている」と感じずにはいられない斜面を歩いている。曲線の道路からは階段が見える気配がない。駅から歩き始めたときにTOMOOの「高台」を聴きながら「夕日に照らされる高台の家を見ながら聞くと格別ですね」なんてしみじみとしていた私も、さすがにこの道の傾斜は何かの冗談なんじゃないかと思った。

けれど、標識を頼りに人気のない道を進んでいくと、なぜか神社の目の前に出た。裏側から来たらしい。右手には社が二つ。左手には開けた空間がある。その空間に立ち、振り返ってみると、遠くに海が見えた。夕暮れの港を見下ろし、純粋に「綺麗だな」という感想が出る。綺麗だった。それから「子規もこの景色を見たのだろうか」と思う。「はて知らずの記」の中で、松島に向かう前に立ち寄っていたのがこの場所だったのだ。もし、変わらず高台に神社があるのだとしたら、子規も同じように山から港を見下ろしていたかもしれない。そんなことを思ったら、鼻の奥がつんとした。細かいところは変わっていたとしても、自然的な要素は大きくは変わらないのかもしれない。遠い昔の子規も、この光を見ていたのだと思うと、不思議な感じがする。年末の松島旅行から機会を見つけては子規の足跡をたどってみようという試みを続けているけれど、このままいけば秋田とか、山形のほうにも行けるかもしれない。やってみようか、という気持ちになる。

時間も迫っているので、さっとお参りを済ませ、おみくじを引いた。「マンネリズムを感じるでしょう」と書いてあり「マンネリって伸ばすとそうなるんだ」と新しい気づきを得た。あと、各所にいる狛犬の表情がどれも違って可愛かった。狛犬コレクションはしっかり写真に収めてある。ゲーミング定禅寺と併せてカメラを同期しておかなくちゃ…と思ってすっかり時間だけが過ぎていく。

冬の間はお休み期間として、自分ひとりで進める原稿には手をつけなかったけれど、塩釜での1日の間に、ご飯を食べながら感じた午後の光、山を登って見た夕暮れの光、日が落ちてぽつぽつと灯される窓の光、いろんな光を見た。はなこさんともお話をして、改めて創作って楽しいことなんじゃないかと思えるようになった。そろそろ書けそうな気がして、書きたい気持ちを抱えながら仙台駅に向かう仙石線の列車に乗り込んだ。今回時間の都合で港のほうには行けなかったので、また行きたい気持ちが残っている。

⬛︎今週のネイル(1月後半のはなし!)

ライブに行く少し前、重い腰を上げてようやくネイルを塗り直した。コゼットジョリの「ひいらぎだてすがた」をベースに、差し色としてネイルズインクの「GLOW STORY Happy To Hydrate」を塗った。透け感がありながらも重みのあるボルドーに、さりげなく軽やかなライトブルー。本当にオタクで申し訳ないのだけれど、これはRed VelvetのスルギさんのYouTubeを見て「この色味!」と思ってしまったからである。彼女の指先と自分のネイルポリッシュを見比べながら近しい色を塗った。ちょうど、これもまたオタクで本当に申し訳ないのだけれど、1月23日は伯爵のお誕生日なので、なんとなくキャラクターのカラーに近い色を入れたかった。といういろんな事情で赤と水色の組み合わせで指先を彩った。

1月最終週はそのまま、Happy To Hydrateの部分だけを変えた。バレンタインも近づいてきているので、キャンメイクのネイルファンデーションをベースにネイルズインクのボニー。期間限定だったみたいだけど、リボンのラメがザクザク入ったものである。その瓶からリボンだけを取り出して、一枚ずつ置いていく。これがまたいい感じに可愛かった。指先を見るたびに、リボンの赤みとひいらぎだてすがたの相性がよくニコニコしてしまった。

という感じで過ごしていたら、なんとなく「テーマカラーを決めたいかも」と思って、今年はテーマカラーを決めて毎週のネイルに組み込んでいくことに決めた。これまでは濃い週と淡い週を繰り返したり、ワンカラーで仕上げる週とラメが入ったカラーを入れてきらきら仕上げる週を繰り返したりしていたのだが、今年は月ごとにカラーを決めて、それをいい感じに組み込んでいくことにした。1月はコゼットジョリの「ひいらぎだてすがた」だった。2月はオレンジ。なぜなら神宮寺さんのお誕生日月だからです。ブレないオタクとして生きていきたい所存。ネイルズインクの「Earth Day Every Day」に決めた。さっき塗り替えたけど、指先にビタミンカラーがあるとぱっと明るくなっていいなあと思う。

どうやら私は、爪が長いと誤タップが格段に増えるらしい。かれこれ半年ほど毎週爪の長さを整えて、ネイルを塗り替えてということをしているが、もちろんできない週もあるわけで。その時はそのまま過ごして、画面に浮かぶ意味の通らない文字列をバックスペースキーを連打して消しながら、少しのストレスを蓄積させる。次のネイルの時に荒目の爪やすりで大胆に整えるところから始めていく。自分が一番叩きやすい長さが、どうやらあるらしい。爪が整うと、キーボードが打ちやすくなって嬉しくなる。

ところで、そろそろ次の原稿をはじめたいなあと思っている。前の原稿を終えてから、ここまでの間に言葉を交わした人々のおかげで、書きたいなあという気持ちが前よりもずっと大きくなってきたのだ。話しながらちゃんと息ができるなあと感じる人とおしゃべりができるのは本当にありがたい。デジタルでもアナログでも、私は書くのが好きだし、書きたいんだなあと思う。

では、充電しているiPadを温めつつパンダさんと一緒に寝るのでまた。もう少しでカレンダーは春だ。待ち遠しいね。しばらくルパンと明智を交互に読みながら待ちます(ルパンと明智、ときどき221Bのはなしはまた今度!)

@yon8_hakka
日記を書いています。 lit.link/yon8hakka