8月の勢いと一転して、9月に入ってからまったく自分の文章が書けなくなってしまった。朝が来て、仕事をして、ご飯を食べて眠る。そんな生活をしている間にも静かに新刊の締め切りが迫る気配がしていて、まとまらない設計図を練ったり、全部を忘れて夏の発作で表面に出てきたオタクの波に乗ってみたりしていた。
今まで休憩中にポメラで進めていた原稿も、最近ではポメラではなくPS Vitaになり、とりどりのリズム刻んでいる。足つぼマットを踏むと眠気が飛ぶことを発見してからはすっかり眠くなってきたころに立ち上がって足つぼマットを踏む日々を送っている。
去年の今頃はちょうど『いろいろ』『ひとり遊び日記』の制作が終わったところだったらしい。一年前のつぶやきが見れるところからウキウキで作業を進めている自分の輝きを見ては、何もできないことを憂い、真っ白なまま形になきりらない文章の断片が増えていくポメラの画面に焦りを募らせている。思えば、7月から8月の間に、いろんな形で5万字ぐらい書いていることになると気がついた。自分の中にある孤独が足りていないのではと思って、しばらくは書かないでいた誰にも見せない日記を書いている。あと少しのところで、秋雨前線による日照不足からの落ち込みシーズンに入り、希死念慮らしいものが現れては私が出迎える前に全部飲み込んでいく。いつもなら聞ける音楽が聴けなくなり、泣きながらMUJI BGMのブエノスアイレスを聞いたのはついおととい、木曜日の夜のことである。
週末の予定を決めあぐねているときに、偶然に乗っかる形で首都圏に出ることにした。ちょうど国立新美術館のルーヴル美術館展が始まり、金曜・土曜は夜間開館で閉館時間が20時に変更になる。レオナルド・ダ・ヴィンチの《女性の肖像》通称「美しきフェロニエール」が来ているというので、ピカソを見ながらチェックしていたのである。会期は12月ぐらいまで。でも、これは早めに行くのが吉である。もっと言うと、昼ではなく夜の時間帯が見やすくていい。可能であれば、この週末、土曜の夜が理想的だった。目玉のダ・ヴィンチ以外にもアルブレヒト・デューラー、エル・グレコの作品が並ぶのだという。それなら絶対に夜間開館を狙うべきだと思った。人の多い展示室ではできない作品との一騎打ちをするにはベストなタイミングだろう。
六本木の国立新美術館には、夕方16時すぎに着けばよかった。電車の都合でお昼すぎには首都圏入りできることになっていたので「新美の前にもうひとついける」と、三菱一号館美術館の企画展「カフェに集う芸術家」も見ることにした。東京駅の丸の内側に出ると、あいにくの小雨が降っている。前の人にならって傘をさして、駅舎を見つめた。丸の内だ。赤いレンガ造り、白いラインに辰野金吾の気配を感じながら、丸の内側をさまよう。雨ならば地下から行きたかったなと思いつつ、丸ビルの地下でジェラートを食べた。ジャージー牛乳のものと、シャイニングコーンのダブル。「朝採れとうもろこし」という写真が鮮やかな黄色だったので、うっかり黄色だと思っていた。レジで会計を済ませて「今日はシャイニングコーンです。白いの」と言われて、どちらも白いものを選んでしまったと少しだけ後悔した。ならばミルクジェラートではなく塩キャラメルとかにしていたのに、とも思った。けれど、カップに盛られた白いジェラートはその組み合わせでこそ完璧で、包み込まれるようなとうもろこしの甘みとさっぱりとした牛乳の相性のよさにすべてを許した。道中、私の隣に座った人が終始貧乏揺すりをしていてちょっと酔いかけたのも、とうもろこしに免じて許してしまうほどによかった。
丸ビルからの行き方に自信がなかったので、一度地上に出た。小雨はすっかり止んでいて、ただ厚い雲が覆うくもり空が広がっている。ちょうどいいチャンスだと思って、首にカメラをかける。今日の目的は、からからになってしまった自分の水面に水を張ること、そして、そこに小石を投げてみることだった。結果的に書けなかったときにもカメラで何かを撮っていたという記録が残れば、この旅も何かしらの意味を持つだろうと思ってかばんの中に入れていたのだ。雨が上がっているならばと急ぎ足で東京駅に戻る。駅舎を撮り、ビル街を写真に収めた。それから、記憶をたどって三菱一号館美術館に向かう。
三菱一号館美術館に初めて来たときのことを、私はずっと忘れられないでいる。2017年の9月。運転免許を撮るために教習所に通うも、キャパシティがあふれてしばらく休むことを宣言したときであった。指導教官の高い要望に無理に応えた結果、研究に関する一切を止めていた夏、私は卒業研究だけでなく教習所に通うことも辞めてしまった。授業もバイトもない水曜日。いつも通りに学校に行くフリをして最寄り駅から東京行きの新幹線に乗り込んだ。いつも通りの時間に出れば10時すぎには東京に着く。それで、展覧会を見るという計画だった。展示を見た後、蔵前でノートを作っていつもくらいの時間に帰れるように下りの新幹線に乗るまでが一日のざっくりとした流れとしてあった。
ちょうどそのとき、三菱一号館美術館ではレオナルド・ダ・ヴィンチとミケランジェロのルネサンスを代表する二大巨匠の展覧会が開かれていた。ミケランジェロに魅せられていた当時の自分は「機会があれば観にいきたい」と思って、どこかからもらってきたチラシを大切にファイルに綴じていた。そのときも今日と同じように、東京駅で電車を降りて丸の内の写真を撮った。夏の終わりのすっきりとした空にドーム状の屋根が映えていたことを記憶している。三菱財閥の気配を感じながら歩いて行くと、東京駅と似た赤いレンガに白い線が入った建物が見える。それこそが三菱一号館美術館だった。設計はジョサイア・コンドル。辰野金吾の師匠である。
今日はなぜか建物が見えてきたときに昔のことを強く思い出した。あのときも今と同じようにキャパシティがあふれていて、ぼんやりとした行き詰まりを感じていた。日常から一歩飛び出した先にある何かを求めて、新幹線に乗り、都市に身を忍ばせる。懐かしさと頼もしさを感じながら、建物に踏み込んでいった。この美術館は何も変わっていない。けれど、私はずっと遠くに来てしまったように思う。もう学生料金ではないし、前よりも高くなった入館料をなんとか払えるくらいには仕事をしている。同じように絵を見ても感じることが違っていて、もう昔の自分と同じ地点には戻れないのだということを突きつけられる。とはいっても、それは反転して良いことであり、展示室に飾られた絵は私の乾いた脳にじっくりと染みていく。三菱一号館美術館は、自身のコレクションを軸に、企画に合わせて足りないものを他館から借りるという方法を取っているところが好きだ。どの企画展も、ベースはそうなのだと思うけれど、キャプションに書かれた所蔵館を見るだびに嬉しくなる。
印象派も、ベル・エポックも、時代を映す鏡だったのには変わりない。けれど、そのレンズが違っているところに気がつけただけでも、旅程にねじ込んだ甲斐はあった。展示室と展示室をつなぐ廊下にオレンジが置いてあり、よい香りがしていたのも良かった。グッズの販促としては最高におしゃれだ。それに、色鮮やかなオレンジを見て、その香りに爽やかさを感じていると自分が好きなものの断片に触れたようでなんだか嬉しかった。企画展のあと、自館のコレクションを中心とした小企画展「モネとルドン」の展示室に「不確かなもののまわりに確かなものを置いてみる」ということをルドンが言っていたらしいという展示を見て、思わずはっとする。少しの嘘を隠すための、隙のない真実。近頃ずっと考えていたことが文字として展示室の壁に貼り付けてあり、少し息が浅くなる。私が考えるよりもずっと前に同じことを思っていた人がいる。荒野を歩いているときに、時を超えて人影を見つけたような気がした。一通り見て、展示室を出るころには入場待機列ができていた。思えば会期も終盤。私があっさり入り、それほど混んでいるとも思わず見たのは単なる偶然かもしれないけれど、確かなタイミングで足を向けた結果なのかも知れないとも思った。偶然ながら展示室にはミュシャのポスターもあり、旧友に会ったときのような懐かしさに包まれていた。
本来ならば、丸の内側から六本木に移動する間にご飯を食べるはずだった。だが、旅程的に考えて、今日のうちに新宿の世界堂に行っておきたかったのでご飯を諦めて中央線に乗り込んだ。簡単におにぎりを詰め込む程度にして、道を急ぐ。世界堂に行きたい理由はただひとつ。これからの私が奇跡を起こせず、新刊の入稿が間に合わなかったときに自分で印刷をする紙を買うためである。手持ちになさそうなグレーの紙を買った。白ではない色の紙があれば、何か面白そうなことができそうな気がした。本を作るにあたっては普通に作ってはつまらない。何か仕掛けや意図を入れたいというのが私の本作りにおいてのルールである。ところが最近はまったくアイディアも浮かばず、すっかりからからになっている。どうしたもんかと思って街に出てきたというまで。
新宿から六本木までは電車で一本らしい。7月に来たときも同じような道順だったからもう覚えましたよと案内に沿って歩いて行くと、意図していない駅にたどり着いた。なんとかルートを修正して、六本木に向かう電車に乗り込む。新美に行くことを決めたのはきのうのことだった。もう少し計画を練ってとか、スケジュールを立ててとか思ったけれど、前から決めていたとしても私は計画を練らない。さまよい歩くことを前提に、ご飯の時間を削っている。ぺこぺこだなあと思いながら、ミッドタウンを抜けて国立新美術館に向かう。大江戸線の六本木駅から新美に向かうのは初めてのことだったので少し迷う。けれど案内の通りに歩いて行くと見覚えのある交差点にたどり着く。見慣れた道をしばらく進むと、流線型の建物が見えてくる。今日のほんとうの目的地、国立新美術館である。
展示室で消耗するのは嫌だ。だから、夕方の人がちりぢりになったタイミングを狙って展示室に入っていくことにした。私がチケットを買った時点では1階展示室Eの前に入場を待つ列ができていた。待ち時間は20分。そんな待っていられる訳がない。人がある程度まばらになるまでカフェでアップルパイを食べながら待つ。ようやく椅子に座っていられる時間を得た。三菱一号館美術館の展示をざっくりと振り返り、ある程度頭を整理した。印象派の時代から遡ること300年ほど。ルネサンス美術の展示を楽しめるだけの頭の空きが必要だった。ノートに青いペンで思っていることをざかざかと書き込んでいくと、文字を書きたがる腕と反して、頭が整理されて冷静になっていくのを感じる。楽しいかもしれない。
夜間開館といえど、閉館時間が2時間伸びているだけである。20時には出なくてはならないので、展示室に入る前に作戦を立てた。ざっくりと見ながら、最後に目玉のダ・ヴィンチを見る。それだけを決めてあとはフィーリングで歩いていく。人がいなさそうなところから見ようと思ったものの、思っている以上に人の影はまばらだった。最近歩いていた展示室が混雑しすぎていたのかもしれない、このくらいがちょうどいいと思った。作品を遠くから見ても十分に見えるくらいの人の数。作品の大きさにもよるので一概には言えないけれど、今日のルーヴル美術館展は良かった。なにより、その状態を狙って行けたよころびが大きい。狙い通りである。博物館武者修行の成果をまじまじと実感してマスクの下の口角が上がる。解説が読めるというURLのQRコードを読み取り、展示室をじっくりと歩いて行く。正直、あまり視力が良くないので、各キャプションや解説文を自分の手元で見られるのは嬉しい。壁に掛かっている文章を読むために展示室の流れが滞る、それを回避するための策だったのだと思うが、違う展示でもやってほしい。あと、違う場所の展覧会でも広がればいいと思った。
じっくりと見ながら、かつての記憶とリンクしていくのと感じた。いろんなことから逃げるために逃げ込んだ三菱一号館美術館の展示室。そして、上野・国立西洋美術館のヨハネとダヴィデ像の展示。私が生きることに限界を感じているときに逃げ込む展示室には、ダヴィンチがいて、そして、ミケランジェロがいる。ルネサンス期の巨匠たちが求めた美の形をなぞりながら自分自身も展示室の中で時間を超えた散歩をした。それぞれの時代で生まれたものが、形を変えて次の世代へ受け継がれていく。ルネサンス期の芸術もその時代に限られず、後世の芸術家たちに多大な影響を与えている。それがわかっただけで、この展示室に踏み入れた意味があったのだと思った。
展示の最後、ひときわ暗い部屋にその絵はあった。「美しきフェロニエール」と呼ばれる女性の肖像画だ。視線の先があいまいで、感情が読めない。正面から見られる列に並ぶ前に、左側、右斜め後ろ側から単眼鏡を覗いて見てみる。視線の先はやっぱりわからない。けれど、右斜め後ろ側に立った時、一度だけ彼女と目が合ったような気がした。確かに、ぱちっと合った気がした。そして、口角をにゅっと上げているように見える。こちらを見透かしているような視線に怖くなった。同時に、電撃めいたものに打たれたようで、このまま彼女の視界のなかで捉えられていたいとも思ってしまうほどの引力を感じた。現在の形になるまでに、画家が少し構図を調整したという研究成果があると解説に書いてあった。巨匠とも呼ばれるほどの人が細部まで調整を繰り返している。その事実に人間らしい営みだと感じずにはいられない。芸術がなくても生きていける。けれど、芸術がなくちゃ、人間はどこまでも乾いていってしまうのだ。からからになった心に潤いを求めて踏み入れた展示室で、改めてダ・ヴィンチを美しいと感じられる人生であってよかったと思った。
展示室を出るころには、閉館時間がすぐそこまで迫っていて少し足早にロッカーに荷物を取りに行き、外に出た。流線型の建物を見ながら、涙がこぼれないように奥歯を強めに噛みしめる。
本格的に秋の気配を感じて、ここ数日は家からも出ずに壁ばかり見て日々を過ごしていた。降り積もるままならなさに気持ちが塞いでいくのを感じながら、すべて終わらせる前に展示室に向かうことにしてよかったなと思った。厚い雲に覆われた街でも、光を感じられる。まだ光を感じたい気持ちがどこかに残っている間は大丈夫なのかもしれないと思って、明日ももう少しだけ光を求めて街の中に身を潜ませてみようと思う。