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ぐるぐる日記/文フリ岩手11・ZINEフェス仙台の夏の記憶

よん
·
公開:2026/6/30

今回は2日とも無事に起きられました。すごい。5月のイベントでクリティカル寝坊をしていたので、6月の私はイベントに持って行くものがどうこうというより「ちゃんと起きられるか」に焦点を合わせていた気がする。うっかりが起きてもいいように、いろいろ調べた結果、おかげさまで寝癖がつきにくい前日の過ごし方を知った。すごいや!

そんなことはさておき、6月のイベントウィークもありがとうございました。まだ頭の中が整理されないうちにしか見えないものもあるので書きます。楽しかったし、光のあふれる季節の真ん中にいるような気がしている。冬の凍空の下で感じていたどこまでも切り離されるような手触りはもうなくなっていて、自分が伸ばした手がどこかの世界に「にゅっ」と伸びて、なにかに触れたり、触れないまでも手が何かしらを感じたりするのを楽しめるくらいにはなりました。やっぱりわたしは冬が苦手ということ。

次回のことが話題になって、まったく考えていなかったのであいまいにしかお返事はできなかったけれど次の機会もあればいいなと思う。新刊の部数を見誤っているのであと1〜2回分ぐらいは出ます。「逃げないで」とポスタースタンドも買ってしまったので…。(乙女ゲームの攻略対象みたいなことをしないでくれ)

ちゃんとした記録はあとでnoteに書くつもりでいる。なので、ざかざかした質感の紙に走り書きで書いたメモぐらいの気持ちで読んでもらって大丈夫です。


6月21日(日)文フリ岩手11:心強いみんなと

⬛︎レジャーシートに集まった私たち

「レジャーシーターズ」というサークルは「文フリに一度出てみたかった4人」が集まったサークル。ほんとうの始まりはわたしにはわからない。ただメンバーのひとりから「いま文フリに出る話をしています」という面白い連絡が来たので「え〜おもしろい話してるじゃん〜!」とそっと話題の輪に入っていったら、いつの間にか本ができていて、イベントに出ている。まだどこかで夢みたいに思っている4人組です。

わたしも含め、それぞれが自分のフィールドを持っていて、活動ジャンルも年齢も住んでいる場所もばらばら。だからこそ、面白い化学反応が起きているんだと思う。みんなに甘えて自由にやらせてもらっているし、全員がそれぞれで自分の本を作るので「今度こういう本をつくりたくですね…」と真剣に相談できる。心強い。

というメンバーで挑んだのが文フリ岩手11。今年の新刊は「秘密」をテーマにしたエッセイ集。去年の夏に「オタクを隠している、でもしゃべっちゃうから秘密にしきれない」「ミステリアスになりたい。全部しゃべっちゃう…」という話や秘密のベクトル(「話していいこと」と「一線超えた人間にしか話せないこと」をどこで区切ってどう開示していくかみたいな話)でひとしきり盛り上がって、今年の新刊にすることにした。日頃狂ったオタクの話をしておきながら「オタク隠しているんですよ」というのはもれなく自分で、だからみんながどんな秘密を教えてくれるのか、どの程度開示するのか賭けみたいなところはあった。それに易々と開示できないことも絶対あるので、「『目玉焼きには塩って言ってるけど、実は塩こしょうです』ぐらいの気軽な秘密で十分かなと思っています」と伝えて書いてもらうことにした。4人分の原稿がそろうと、長い時間を重ねてきた私たちでも初めて知るような秘密の話が詰まっていて、よい本になったと思う。基本的に「自分にとって楽しい本かどうか」というところが判断基準のひとつとしてあるので、これはとても楽しくよい本になった。わたしがそう思っているだけで他のみんなはどうだかわからないけれど。

文フリで店番をしながらおしゃべりしていた内容が多くあるので、おそらくレジャーシーターズとしての本もこのさき出るでしょう。そのサークルの中に自分がいることがまだ夢のように感じているけれど、夢ならばより夢として目が覚めるまでその世界を楽しめたらいいなと思う。

⬛︎はじめましてちーたんたん

今年初めてじゃじゃ麺とちーたんたんを食べました。文フリは一人での参加ではないので、持ち回りで会場回ったりお昼に行ったりできる。2〜3日前から「なんかあのちいかわみたいなやつ食べたい、なんだっけ」となっていて「あの、じゃじゃ麺のあとのちいかわみたいなやつ食べたいんですよね」と言ったら笑いながら「食べましょう」という流れになった。

ちーたんたんとちいかわは名前の語感が似ているだけで、まったく違うものだった。けれど、食べ終わったお皿でスープを楽しむというのはシステムとしていいなと思った。あとちょうどW杯が放送されていて、お店の人が真剣に斜め上を見てるな、すごいなと思っていたらそれはテレビを見ているだけだったのも面白かった。「やっぱりゆでるのにコツがいるんだなあ」とうどんがゆでられない側の人として新鮮に思っていたらそうではないらしい。そうか。ちょうど点が入って空間が「うお〜」となったのが面白かった。サッカーはわからないので「うお〜」となるってことはすごいことなんだと思う。

⬛︎アツい(再)

個人的には今年も柴田聡子さんのファンZINEを手にできたのがアツい。「さとねぇが好きなんです」という純度の高い気持ち(気持ちという言葉が適しているかはわからない)は、本当に輝いていて、その輝きはわたしの生活をも照らしているような気がする。好きなことにまっすぐな気持ち(ここも気持ちで正しいのかはわからない)で作られる本からしか得られない栄養がある。柴田聡子さんの音楽や世界をより深く知り、作品を楽しめるようになると同時に、わたしはこの「さとねぇが好きなんですよ」という純度の高いあたたかな気持ちに触れるたびに「よい〜」となっている。「好き」ってよいなと思いました。なのでおかげさまでわたしも「めちゃくちゃ好きなんですよ」のシーズンが来ておりTOMOOやビアリを聞くたびに「え〜〜めっちゃ好きなんですが………」としみじみ思うようになった。ありがとう。

打ち上げで焼肉をしたのだけれど、一緒に行っていた二人に「料理はちょっと、難しいですね…」と言ったら「塩とこしょうでなんとかなるよ!」と励まされる。なんとかなるのか〜と元気が出た。夏のチャレンジとします。勝率を上げていけばわたしもやがてうどんがゆでられるようになるかもしれないし、ゆくゆくはうどん職人の夏が始まるかもしれない。ご期待あれ。

6月28日(日)ZINEフェス仙台:「またね!」のあとさき

文フリ岩手の翌週にZINEフェス仙台があるので盛岡で「また来週〜!」と手を振って別れたのが印象に残っている。普段は「またどこかで!」とその向こう側をぼかしがちだけど、今回は「次」が決まっているのが不思議でならない。

一週間の間に何かしたいなあと思って「現在地:夏至」を作る。たぶん、少し前から企画としては存在していて、ようやく形になったんだと思う。それまでの記憶がないけれど1本目「夏至から夏至まで」のデータを見ると盛岡までの新幹線で書かれたものらしい。この制作についてはnoteとかでまとめられたら面白そうですね。

⬛︎朝の駅・お誕生日の空を撮る

朝、仙台の駅前をふらふらしていたら茂みからハトがにょっと出てきて心臓が跳ねる。ハートがぴょんぴょこぴょんとしてしまった。やっぱりハトは怖い。元気いっぱいクルックルーにすごしていてほしいけど、あんまり目の前に現れないでほしい。わからないの先に存在しているある地点を越えると恐怖になってしまうんだなあとじっとしているハトと見つめ合ってしまった。にょっと出る前に言ってほしいよ〜と思って見つめていたら「すまんな」と飛び立ちそうだったので逃げる。飛ぶ時は一声かけてほしい。

「好きな人のお誕生日に空を撮る」ということをしている。6月28日はTOMOOさんのお誕生日だったのでせっかくならと写真を撮った。梅雨晴れ間の爽やかな青空が広がっていて、ほどよく雲がある。まだ夏本番にはおよばない適度な湿り気があって、日差しこそ強いけど、よい日になるような気がした。この季節がほどよく続いてほしい。

アエルまで歩きながら「Wanna V」を聞く。「泳げない」が好きで…いやこれは音楽の日記に書きます。

⬛︎ひかりにふれる

再会といえば、エレベーターに乗ったとき前回のZINEフェス福島でお隣だった方と一緒になった。お互いに「あれ、この人」と思っていたもののお声がけしようかどうか悩んでいる間に5階に着いてしまう。お隣の方は縄文土器から着想を得たキュートな焼き物を作ってらっしゃる方だったのだけれど、うっかりポストカードを買いそびれたことを1ヶ月引きずっていたのでお会いできて嬉しかった。

アエルは昨年12月のBOOK TURN SENDAIぶり。あのときもI列だった気がする。ここは自分の場所ではない気がしていた。冬の真っ暗闇のなかにあの椅子に座って「もうめっちゃくちゃやめたい。今日で終わりにしよう」と思った記憶がある。その時は本当に底の底まで落ちた気がして、今回のアエルもめちゃくちゃ怖かった。不安でいっぱいになりながら、手を動かすことでなんとか息継ぎをしている感じ。でも今回はお隣にとても心強い方がいてくれたのと夏の光のおかげで楽しく一日を終えられてよかった。5月のZINEフェス福島のときに「この椅子は怖くない椅子なんだよ」と気付けたのも大きい。もちろんコラッセ福島の椅子とアエルの椅子は別物なので、アエルが怖い可能性もあったけれど「ZINEフェスの椅子」としてとても安心できたというか肩の力を抜いて楽しめたような気がします。冬の冷たくさみしい記憶をあたたかな夏の思い出で溶かしていく作業ができている。とてもよい。

普段のわたしは一人で荒野を歩いているけれど、その地面には誰かがすでに来た足跡があり、同時にわたしの足跡を誰かが見ている可能性も存分にあるんだと実感できた。なにより文章やイラスト、さまざまな形で何かを表現する人がたくさんいることに毎回驚いている。書いていいし、作っていい。表現を続けていいんだと思ってしまう。

普段の生活では自分が何かを作る人であることはレジャーシーターズで一緒に書いてる3人と自分が表現をしている過程で出会った人たちにしか明かしていないので、こうやっていろんな人と自分の作ったものをきっかけに交流が生まれたり、そこからさらに仲良くなったり、世界の見え方の違いを楽しめることがたまらなく楽しい。これからまだ出会える可能性もあると思うとさらにわくわくする。

⬛︎街でハイタッチしていたひとたちのはなし

実際にはハイタッチはしていないのだけれど、これまでにもお会いしたことがある方とまた会えるとなんとなくハイタッチしているような気持ちになる。心の中でハイタッチしているのだけれど、岡山駅で会ったキリスト教の長老(当時二十歳)と話した時みたいにリアルなハイタッチを何回かしそうになった。これまで文字やアイコンでしか知らなかった人の文字情報とリアルな情報が繋がっていくのがよかった。

個人的にUNISON SQUARE GARDENのファンのみなさんと「さみしいですね!!」と言い合えたのも嬉しかった。わたしのリアル生活圏にはもうユニゾンのオタクはいないので、覆せない事実が現実としてあることを認識できたのがよかった。さみしいね。「1000人いれば1000通りのユニゾンがある」という話をして、本当にそうだなあと思いました。わたしにとってのユニゾンの話は『17』に書いたので、ネットの海を漂ってみんなとユニゾンの話も読みたすぎる。読みます。そういう意味では(書いた時は次もあると思っていたけれど)、いま本を作ってよかったなと思った。


あまりにもだらだらぐるぐる書いてしまった。あとでちゃんとnoteにまとめます。おかげさまでよいワンピースはじめの日になりました。去年のこの時期は「休みの日に服で悩む時間がもったいないと思いませんか」とワンピースを買うか考えていた時期だったので、今年こうして「ワンピースはじめ」というものができてよかったです。だいたい夏至の次の週って決めたらわかりやすくていいですね。

まだほんのり夢の中にいるみたいだけど、日常は待ってくれないのでちゃんと社会人のふりをして労働をしている。えらい。キャリーを引いていた左腕の筋肉痛が夢ではなかったんだなと証明しているみたいで、痛むたびに名残惜しい気持ちがある。でもさっそく自分のものも含めて次の話を進めているので、近いうちにお知らせができると思います。7月の原稿合宿の話もしたすぎるね。まだ何をするか決めてないけど、せっかくいくのであれば何かしたい〜けど前日にビアリのライブがあるのでレポが間に合わなかったらレポを書く。

ひとまず6月のイベントウィークありがとうございました&おつかれさまでした!またどこかで〜!

@yon8_hakka
日記を書いています。 lit.link/yon8hakka