シネマティック・ポップの話をします。
ですが、その前に、新曲を出したので、その話を少しします。
2024年4月15日、『Hyper Voice (feat. ラヌ)』をリリースしました。
去年の春くらいからdemoをこさえて、リリースまで1年くらいかかってしまっているのですが、もりあがるモチベーションが空回りし、力みまくってしまい、ラヌさんのボーカルを想定したプロジェクトファイル30曲分くらい手を付けては保留にしたりボツにするなどを繰り返し、かろうじて形になったうちの1曲です。
制作のなかで、ラヌさんが歌メロに手を加えてくれたり、celluloseさんが少し音を足してくれたり、もっとこうしろ!といろいろ言ってくれたりしました。大感謝。
2人とも忌憚のない意見をどしどしぶつけてくださったおかげで、良い曲になりました。
ラヌさんの歌声が憧れだったから、一緒にできて本当に光栄です。
力不足で申し訳ないところも多々ありましたが、大切な曲になりました。聴いていただけたら嬉しいです。
#シネマティックってなんなんや
さて、改めて「シネマティック・ポップ」の話をします。
新曲のリリースと同時に、プレイリスト『Narratage Passage』(ナラタージュ・パサージュ)を公開しました。ありがたいことに公開しておよそひと月経過した5月半ば現在、70件以上も保存していただいております。
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このプレイリストは私とcelluloseさんが編集した、「シネマティック・ポップ」を収集していくプレイリストです。
以下は私のパースペクティブの話であり、celluloseさんとの総意であるとは限りません。打ち合わせを重ねてある程度プレイリストの内容や方向性についてすり合わせはしていますが、バックグラウンドプレイリスト的な性格のものですから、人が2人いれば違いも色々あるでしょう、ということが前提です。
このプレイリストについてざっくり経緯や要旨を箇条書きすると…….
・自分(たち)がいちばん好きな音楽、またそのムードをまとめたプレイリストを作りたかった
・ジャンル批評的なものというよりは、基本的にはアーティストプレイリストを作りたかった
・かねてから影響を受けた音楽について説明・解釈をする際、既存のジャンルや概念では言いたいことを十分に言い表せているとは感じていなかった
・それら音楽について説明する際に「シネマティック・ポップ」という言葉はある程度有効であると感じた
・「シネマティック」は既に他の文脈でも使用されている語でもあり、ジャンルを規定する性格のものとも少し異なる認識のため、プレイリストのタイトルにはそのまま採用しなかった
・インストを含むと際限がなく、主に歌ものに焦点を当てたかったものであるため、歌が入っている、声が使用されている(ポエトリーリーディング・スポークンワードなどを含む)ものの収載にほぼ限定した(例外的に選曲されているインスト楽曲はある)
・実際の映画の主題歌やタイアップ、劇伴・サントラ等で使われている楽曲にこだわったものではない
・DTMで使用されるサンプルパックやソフトウェア音源における「シネマティック」サウンドの特徴にこだわったものでもない
・「シネマティック」なだけでなく「ポップ」であることにも力点がある
・曲順に強いこだわりはないものの、楽曲の持つストーリーやテーマは意識しつつ、できるだけ既存の文脈を飛躍して並べるようにした
・プレイリストを作る途上で、celluloseさん、ISLDさん、mizuさん(水になりたい。さん)にご協力いただいた
・マストドンで囃し立ててくださったみなさまのおかげです
・『Narratage Passage』というタイトルに至った経緯は最後
というところでしょうか。
以上の要旨について、もう少し詳しく書いていきます。(蛇足ではないのかと不安になりながら)
昨年の11月末頃でした。一体なにが私にその言葉を想起させたのか、肝心なきっかけはもうすっかり忘れてしまいましたが、私が影響を受けてきた数々の音楽に共通する要素を一言で説明するのに、「シネマティック・ポップ」という言葉がしっくりくるのではないかと、ふと思ったのです。
新しいジャンルとして提唱するようなことをほんらい目的としているものではありませんが、特定の範囲のムードを切り取ったプレイリストではあると考えています。シンプルに、アーティストプレイリストと考えていただいてよいと思います。ムードプレイリスト、ジャンルプレイリスト、バックグラウンドプレイリストを兼ねるような内容です。「シネマティック・ポップ」という、なんとなく思い浮かんだ言葉が、その手掛かりになってくれそうな予感に突き動かされた、というところです。
まだその予感だけという頃のトゥートに(マストドンでは投稿のことをトゥートといいます)反応をくださった音楽ライターの方やフォロワーの方がいてくださったのもあり、これは案外、個人的な印象にとどまるものではないのかも?と思いました。
そうなるとまた少し意識は変わり、せっかく作るなら、軽い気持ちで野放図に曲を突っ込んでいくだけのものにしてしまうとなんだか勿体無いという気持ちが芽生えてきました。どうせならぴっかぴかのプレイリストを作りたい。
であれば、自分1人で作らない方がいいな、と直感的にそう思いました。自分が知らない曲まで拾いたい気持ちもありましたし。
持ち前のネトスト力でフォロワーのサブスクアカウントのプレイリストも巡回している私はすぐにcelluloseさんを半ば巻き込むような形で、共同編集リンクを送り付けました。ここで断られていたら話は終わってしまいますが、驚くほどすんなり受け入れ、参加、協力していただきました。巨・ありがとう。そういえば最初から今まで一度も「シネマティックってなんなんですか」みたいなことすら訊かれなかった気がする。
この頃同時に進めていた『Hyper Voice』のミックスなどにも色々口を出してもらっています。もう足を向けて寝られませんね。毎晩celluloseさんがどの方角にいるのかを聞いてから布団の向きを決めています。
マストドンでフォロワーの方々が賑やかに(?)反応してくださったことで背中を押されたり、公開前からなんとなく話が大きくなってしまった雰囲気だけがありつつ、数回の打ち合わせを重ねてプレイリストはまとまっていきました。
私が見境なく入れていった曲をcelluloseさんに取捨選択してもらう流れが多く、ほどよく幅広い、かといって散らかりすぎない厳選された内容にまとまっていったと感じています。どちらかが入れないと判断した曲は基本的に入っていません。
私はこれまでは「オルタナティブロック」「エモ」「シューゲイザー」「ポストロック」「ドリームポップ」「アンビエント」「アンビエントR&B」「オルタナティブR&B」「スロウコア/サッドコア」「エレクトロニカ」「フォークトロニカ」「フォーク」「J-POP」「歌謡」などなど、複数の既存のジャンルや概念を用いて、自分の好きな音楽を解釈したり説明してきましたが、これらの言葉では私が好きな音楽に共通するムードを説明するのには足りていない気がずっとしていました。それと比べると、相対的には「シネマティック・ポップ」という言葉は、わりと言いたいことが言えているような感覚があります。
しかし「シネマティック」という語は別に新規性のある言葉でもありません。よく使われている言葉です。先行して流通している用法もあり、イメージとしてはそれらとは異なる面もあったりで、プレイリストのタイトルにはそのまま採用しませんでした。ジャンルの提唱みたいなことがしたかったわけでもありませんし。
例えばDTMをする方は、ソフト音源やサンプルパック、Spliceのタグなどでも「Cinematic」は目にしたことがあると思います。しかし聴いていただければわかるとおり、そういった音色や素材で構成されている楽曲を集めたかったものではありません。もちろんそういった音が使用されている曲もありますが、それを集めるという趣旨ではありません。また、近いところでは「Epic」や「Ethereal」という言葉もあったりしますが、これらも私の言いたいこととは違うと感じています。(そんなに雄々しくもないし、天上的な音でもない)
また、実際に映画やアニメなどで使用された劇伴・サントラの音楽やタイアップ楽曲を集めたものでもありません。劇伴というのも一口に言っても幅広く、音楽的な特徴も様々ですから、劇伴を集めればいいという意識には最初からなりませんでした。取り上げたい曲はそうではない楽曲にもたくさんあります。劇伴やタイアップ楽曲ももちろん入ってはいますが、あくまでムードとして共通するものがあると感じたものを入れています。
また、全ては記載しませんが、その他細かいところでも選曲基準はさまざまありました。
一つ、大事かなと感じることとして、「シネマティック」なだけでなく「ポップ」であることに力点があるように感じています。また、私はとにかく歌ものが好きなので、そこに強くフォーカスしたいと考えていました。歌を聴いてほしい、そんな気持ち。
曲順は、楽曲の持つストーリーやテーマなどを意識しつつ、できるだけ既存のジャンルや文脈から飛躍・横断して見えるようにしました。似たような曲に繋ぐ意識よりも、あっちにいったりこっちにいったりしよう、という感じで。とはいえ大量に入れてしまったものですからそこまで熟慮してはおりません。私はシャッフルしてよく聴いています。
プレイリストタイトルについては、あまり手がかりがない中、ISLDさんに相談しました。すると、こんな資料まで作っていただき……頭が上がりません。
(画像:ISLDさんにプレイリストタイトル案として共有していただいた資料)
「Narratage(ナラタージュ)」という言葉は映画用語からきていますし、映像と語りが並走はしつつもそれぞれ別の時間のものとして平行している技法の印象が、映像的なものを想起させたり映像と並走することはあっても映像と同じものには決してならない音楽というメディアのイメージと重なるような気がして、いいなと感じました。(「シネマティック」と言ったところで、音楽はどこまでいっても音楽でしかない、ということを最近考えます)
更にはISLDさんの「過去を振り返りながら未来を見つめる」という言葉をヒントに、「Passage(パサージュ)」という言葉と組み合わせることにしました。
日本語に訳すと「物語通り」みたいなイメージでしょうか。さまざまな人、歌い手の声で語られる出来事の間を通り過ぎていくようなプレイリスト、というイメージで付けました。(celluloseさんとわちゃわちゃした昼間のガストで打ち合わせしてる時に思いつきました。現実はそんなにシネマティックではないかもしれない。)
さて、しかし、ちゃぶ台をひっくり返すようですが、「シネマティック」ってなんなんでしょうね。なぜ音楽に対してそのように感じてしまうのでしょう。私もまだその理由を掴みきれていません。もっと音楽の歴史を学んで熟慮しないといけないのかも。なんだか使い勝手がよすぎる言葉でもあるような気がします。音楽なんてみんな多かれ少なかれ劇的なものだろう、と言われたら、うーん、そうかも?と思ってしまうかもしれません。正直なところ、もっと適切な呼び方が見つかれば、全然言い換えてもいいと思っています。そこまで批評的な文脈では可視化されてこなかった類の繋がりだと思っていますが、印象やムードの域を超えたそれがあるとは簡単には言えないところがあるでしょうから、その事自体は無理もないでしょう。
ですが、ひとまずはこの言葉をヒントにしながら、私がこれらの音楽のなかに聴いている何かを私の感覚と言葉で編集し、「この音楽」を実践もしていきたいなと思うので。まだまだここは最初の駅というところでしょう。旅は続く。
選曲面ではcelluloseさんに、タイトルを考える際にはISLDさんに、プレイリストのカバーアートはmizu(水になりたい。)さんにそれぞれご協力いただきましたが、このお三方と私は、音楽の趣味が広く重なっている部分がありつつも、はっきりと好みが分かれる部分もそれぞれに持っているように私からは見えています。いつか4人で忌憚のない趣味の話をして、むしろその異なっている部分こそを知っていきたい気持ちもあったり……。
インターネットがきっかけで、少なくない感覚を共有できる方々とこのようにコミュニケーションすることができて、良い時代です。つくづく最悪の時代を生きているとは思っていますが、良いこともたくさんある……。
本当はもっと音楽的な特徴など具体的な話を詰めていけばいいのかもしれませんが、これ以上紙幅を割いても……という気もしますので、またの機会に譲ります。
プレイリストの話でよくもまあそんなに書くことがありますね、と自分でも思いますが、何はともあれ、私はみなさんに新曲『Hyper Voice』ともども、『Narratage Passage』を楽しんでいただけましたらこんなに嬉しいことはありません。
欲を言えば、聴いたこと、感じたことなど、書いたり教えてくれたりするともっと嬉しいです。
それではまた!