窓辺から陽が差して積み上がった本の背表紙を照らす。本に触れるとざりり、と埃が手を滑る。
懐かしい美術室だ。私だけの美術室だ。ここは何もかもが昔のままだ。それはそうだろう。だって私の記憶の中だから。
この狭い美術室で私は育ってきた。アクリルの絵の具を混ぜ返して、カンヴァスを破く感触を食んで、本の頁をめくる音に耳を澄ませて。
この美術室は何のために必要だったのだろう。今となってはもうわからない。言葉はただ歯がゆく感傷を捉え逃す。ただ、愛しいと思う。この小さな部屋を愛しいと思う。
日差しが傾いて、空き缶の表蓋を浮き上がらせる。私はそれを手に取り、蓋を開ける。容れるべき冬がそこにはなかった。私の冬はとっくに朽ち果てて、ここにあるのは春だけだった。
彼女が投げた白銀、プラネタリウムの天蓋、忘れられないメッサージュ、過去へと伸びる轍。
冬はそれらをそっくり持ち去ってしまった。美術室に残されたのは空洞だけだ。
「開け、咲け。うつむろに咲け。」
そう言ったのは誰だったろうか。行かねばならぬ、私はそう思う。美術室に突風が吹き込み、本の頁が翻る。振り向けば、ドアはそこに開いていた。その先にはまだ何もなかった。
「いつかまた会える?」
そう言ったのは誰だったろうか。会える、きっと会えるよ。そうして私達は手を離そう。
私のいない美術室は密やかに静まり返っている。動くことなく、止まり続ける。誰もいない美術室も悪くない。いつかまた誰かが冬を容れるまで。
さようなら、また逢いましょう。