しずかなインターネット

日記やエッセイにちょうどいい
文章書き散らしサービス

ログイン

舞台『四畳半神話大系』の感想文(あるいは小津くんへの恋文的怪文書)

yosay
·
公開:2026/6/19

舞台『四畳半神話大系』の知らせを聞いたとき喜びと不安とが入り混じった気持ちになった。四畳半神話大系のオタクであり、舞台のオタクであったからだ。

2.5次元舞台を含めそれなりに舞台観劇をしているため好きな作品の舞台化に抵抗はない、むしろうれしいと思うタイプのオタクである。しかしそれゆえに自分の中で舞台作品の好みを自覚していた。脚本・演出の上田誠氏はアニメでも脚本を担当しているし、似たようなスタッフ陣で上演された2021年の「夜は短し歩けよ乙女」も良い舞台であったが、それでも自分のこだわりの強さで好みでなかったらどうしようとむにゃむにゃした気持ちを抱えていた。

しかしその不安は杞憂に終わった。率直に言って大変面白く、素晴らしい舞台でした。小説の舞台化ではあるけれど、アニメの要素も取り入れつつ演劇としての翻案がうまい舞台でした。

まず、ねこラーメン店主と相島先輩による前説と物販案内から始まったのが世界観のつかみとしてコメディっぽいぞというのが伝わって大変良かった。原作既読でも期待の方向性が定まった気がする。ねこラーメンの店主がとても喋っていたいのでやや慄いたがそういう方向なのね、と受け入れやすさにも貢献していた。

原作小説で何よりも特徴的なのが膨大な一人称視点の地の文だが、アニメではトンデモナイ量のモノローグを主人公に喋らせるという演出で乗り切っていた。舞台では冒頭のオープニングであるポエトリーリーディングが膨大な文章をおしゃれに聞かせていて舞台という媒体の良さが出ていたと思う。単純なモノローグの読み上げより軽快かつキャッチーに始まり、ループの起点としてのわかりやすさも良い。そこから続く新入生歓迎の掛け声のリズムの良さもループを繰り返すうちにクセになった。それにしても途中休憩なしの2時間10分のうちに何回ループするんだよと驚愕した。体感5時間はあった。集中力が切れるので途中休憩がないほうがこの作品に向いていたと思う。観劇後かなりへろへろになりながら劇場を後にした。

最後のループで「私」が無限に続く四畳半に閉じ込められるのだが、その表現として背景でもある四畳半の壁が盆に乗ってくるくると回るのは狭い舞台上で壁一を超えても広がる四畳半を感じられる良い演出だと思う。アニメのオタクとしてはOPのキャラ立ち絵がくるくる回るシーンを連想してちょっとうれしかった。また、アニメと違い髪や髭が伸び放題になるといった容姿での時間の経過が表せない代わりに、四畳半の外で繰り返し見てきた出来事が順々に繰り広げられることで閉じ込められている時間の長さの表現していたのは演劇だからこそできるものであり、良い翻案だなと思った。全体的に演劇的なアプローチが多く、そういうのが大好きなわたしにおいても満足できた舞台であった。

不安の一つでもあった城ヶ崎先輩の令和にそぐわぬエピソードがもりだくさんの暴露シーンでは、小説およびアニメではそのキモさの頂点として「ラブドールを愛でる」というエピソードが舞台でもおおよそそのまま採用されているのだが、呼称こそ変更されたものの令和においてぬい活・ドル活が大流行りしているため「そういう趣味の人もいるね、本人が見せたいイメージとは違う趣味をバラされたらちょっと恥ずかしいか」くらいの温度感になったのは実に不思議な巡り合わせである。また香織さんにも役が割り当てられ人間が演じることによって人間らしさや魅力が上乗せされて城ケ崎先輩が入れ込むのもやむなし…という謎の説得感が増していた。

令和にそぐわぬ点でいうと「私」の人間性についても同様である。「私」は執筆当時によくある平成的な男女観をお持ちの冴えない大学生であり、令和に客観視するにはやや不安があったのだが、そういった時代錯誤感はあまり感じられなかったのでとても安堵した。「あの時違う道を選択していれば」というループのきっかけの感情が「何者にもなれない」という現代人に生まれがちな感情とうまくマッチしてループものという構造自体の面白さが際立っていたからかもしれない。それに加えて「私」を演じる伊野尾慧さんによる極めてフラットな芝居の功績も大きい。大変不勉強ながら伊野尾慧さんの演技は初めて拝見したが非常に自然な演技をされる方だなとお見受けした。舞台における脚本・演出の力もさることながら、匙加減を間違えれば炎上しかねない人物像が小説やアニメの印象から大きく離れず絶妙なバランスで成り立っていたのは伊野尾慧さんの演技力や本人の持つ雰囲気によるものだと思う。そして何より膨大な台詞量、ループという同じ台詞から別の台詞の分岐が始まるストーリー、無限に広がる四畳半に閉じ込められるつまりは板の上で一人で演技する時間が続く、素人目から見ても大変なことだである。座長を務め公演を走り切った伊野尾慧さんに最大限の称賛をお送りします。

さてここからはわたしが四畳半大系で最もすきなキャラクターの話をしたいと思う。小津である。

小津は「私」の親友であり悪友であり、さまざまなサークルや団体に出没し八面六臂の大活躍、どの道を選んでも「私」に会って全力で駄目にするが、その一方で小日向さんとのかわいらしい恋心を持ち合わせている。しかし彼女との恋については小説およびアニメではほとんど語られず、ミステリアスなままであった。

舞台では小日向さん、そして宗教団体の教祖もキャスティングされており、宗教団体でのエピソードが大幅に追加された。

つまりどういうことか。小津くんと小日向さんのデートシーンが増えたのである。

小説やアニメでは小津くんは妖怪さが際立っていた。しかし舞台で小日向さんとの関わりが見えたことで小津くんの人間らしさ、等身大の大学生らしさが垣間見えた。いくら妖怪じみた暗躍をして多角的な生活をしていようとも、20歳そこそこの大学生である。舞台という媒体を得て、小津というキャラクターに厚みが増したのが本当にうれしい。アニメでは吉野裕行さんが声優を務め小津の月の裏側から来た住人さにも拍車をかけていたが、舞台で演じられた大窪人衛さんによって小津の人間らしさのエッセンスが加えられたように思う。また、インタビューでアニメに寄せすぎないようにしたけど結果的に寄る箇所もあった、という話をされていて、大変良かった。先のメディアミックスに寄せる必要はないという持論があるので、そういう心持ちをしていてくれたのが嬉しい。その結果寄るものがあるというのも嬉しい。

小津というキャラクターを演じてくれた大窪人衛さんには感謝をしてもしきれません。演じてくださりありがとうございました。好きな芝居をする方だなあ、たぶん演劇的アプローチの引き出しが多そうな方だなと思ったので、機会があれば別の舞台も見に行きたいと思います。

話はやや戻るが、舞台化にあたり先のメディアミックスに寄せる必要はないというのが持論である。しかし舞台四畳半神話大系はアニメで生まれた小ネタなども取り入れており、単純な「小説の舞台化」ともやや異なる。しかしそれで良いと思う。アニメの脚本と舞台の脚本が同じ上田誠氏によるものであり、はたまた上田誠氏と原作者の森見登美彦氏の関係性によるものでもある。これは他の作品では再現が不可能なことである。森見登美彦氏の小説をもとに上田誠氏がアニメの脚本を書き、上田誠氏の代表作「サマータイムマシンブルース」と悪魔的融合を成した「四畳半タイムマシンブルース」が生まれた。わたしは原作小説からこの作品を追いかけてきたが、斯様な未来は想像していなかった。さながら九龍城ように広がりを見せる四畳半神話大系という作品の観測者になれて大変嬉しい。

願わくば四畳半タイムマシンブルースをこの座組で見たいと思っている。

P.S.原作のオタクって各種FC先行使えなくて丸腰すぎるのどうにかなりませんか???

@yosay
オタクの備忘録