朝、いつものコーヒー店でコーヒーを買い、コップに自分でつめたい水をそそいで、それらをおぼんに載せて席まで歩く。
いつもぐらぐらしてコーヒーがこぼれそうになる。
きょうはおぼんを片手で持ってみたら液面の動揺が少なかった。
なぜだろう。
おぼんを両手でしっかり持って平らに歩こうと意識すればするほどぐらぐらするのだ。
けさは片手で持ってひょいひょい歩いたのにだいじょうぶだった。
フルサービスの喫茶店に行かなくなって久しいが、そこのサービスの人はおぼんを両手で持っていない気がする。
私は接客の仕事をあまりしたことがない。
若いころ働いていた現像所で写真つきの年賀状の受付応援を、年末に大きなスーパーでやってくれといわれて行ったことがある。
私は当時現像や紙焼きの仕事をしていて、お客さんのフィルムや焼いた写真には接していても、じかにお客さんに接することがなかった。
この写真のこの部分を年賀状にしてほしいと依頼するお客さんの顔が見られてうれしかった。
私が働いていたのは国内シェア2位の会社だったので、そこの年賀状をわざわざ選んで頼みに来る人は我々のファンのはずだった。
そのとき、その現場での仕事がひけたあと遊びに行こうと約束していた友人が私の働く様子をものかげから見ていた。
非常ににこやかだったと言われた。
あとはマネキン事務所みたいなところからスーパーに派遣されて試飲販売の仕事もしていた。
日払いで給料が比較的よかったからだ。
目をつけられてその事務所の事務の手伝いをしていたこともあった。
そこのおねえさんたちが怖かった。
その人たちに
「電話のプッシュボタンと電卓は1本指で押さない」
とか、
「字はもっとしっかり書く」
とか、
「おにぎりとジャンボフランク買ってきて」
とかいろいろ言われた。
そこでは、人を派遣する前日に、その人の家に電話をかけて
「明日はどこそこで仕事ですよー」
と念を押すことをやっていた。
当時はまだ携帯電話がそこまで普及していなかった。
その人の家に本人がいなければ家の人に伝言をたのんだ。
とにかく次から次へ電話をかけまくった。
私は内勤よりも店頭でお客さんに飲みものを売りまくるほうがよかった。
発声練習だと思って大きな声を出していた。
どこでも私のステージだと思っている痛い娘だった。
私があまりにうるさいので、同じスーパーのベーカリーの大将が私のところに来て、
「あんた、もっと適当にやんなよ」
と言ったこともあった。
栄養ドリンクも売った。
薬局の店長は薬剤師だから「先生」と呼ばなければいけないと言われた。
製薬会社から応援の人が来てくれて、というより私が応援だったのかもしれないが、昼飯をおごってくれたりした。
そのときは10ケースを完売したといわれた。
わいわいやっていると人だかりが人だかりを呼び、なんだか売れていったのだ。
しかし、飲食店でサービスの仕事はしたことがなかった。
忘れっぽいからだろう。
聞いた注文を伝票にその場でボールペンで記入する店ならできるはずだ。
求人雑誌を読んでいても飲食店は目が素通りしていた。
おぼんがぐらぐらしているようでは務まらないだろう。
しかしきょう、片手で持てばよさそうだという感覚が得られた。
今の仕事を失ったら明日にでもサービス係とかホール係をやってみようかな。
しかし頭が丸刈りでは雇われないだろう。
頭巾をかぶってできればいい。
頭巾というかバンダナとかナプキンを装着する店ならよいだろう。