なにもなくて狭いビジネスホテルの一室もよいが、同じひるねをするなら自分の家がいい。
たたみの上にふとんがのべてある。
のんびり眠ってそのまま目が覚めなければなおよい。
ところで20年前に死んだ私の父は経歴が不明だ。
母もそうなのだが、過去を黙して語らない。
父は若いころ、横浜の○○町というところにいたと母がよく言っていた。
頭に剃りこみを入れ、シャツの胸ポケットに紙幣の束を見えるようにさし込んでおり、オートバイに乗るのが好きだったそうだ。
20代の後半で貸家を所有していた。
オートバイで出かけて何日も帰らないと、父の父が往来に出て父の戻りを待っていた。
乗っていたのはライラック、のちにハーレーダビッドソンに変わった。
私だったらそのような人と結婚したくなるか疑問だ。
母の人生にいないタイプの人だったのかもしれない。
母が働いていた医療機関に父が盲腸で入院した。
父はどうして母が気に入ったのだろう。
私は母の娘時代の写真を見たことがない。
そのとき父が別のところに入院していたら私は今の形で存在してはいなかっただろう。
こんなふうにコーヒー店の一隅でちまちまと文字を入力している人はこの世にいなかった。
母の父は軍人で、母が幼い頃に事故で死んだ。
母の父がそのとき事故に遭わなかったら、母は父のような人と結婚していなかっただろう。
したがって私もこの世に存在してはいなかった。
石ころをひっくり返すとだんご虫がいるように、ただ見ていただけではわからないことがある。
この文章には帰結がない。
私が生活に多少くたびれている。