忍澤勉著、寿郎社刊『終わりなきタルコフスキー』を読みはじめた。
するとタルコフスキー作品に触れたくてたまらなくなった。
「僕の村は戦場だった」は英語字幕つきのものが動画投稿サイトですぐに観られる。
未見だったのできょう観た。
私は今年、サブモニタを買うのをやめ、タルコフスキー作品でDVD化されていて、まだ手もとにないものを買い集めることにしようかと考えている。
私が持っているのは「サクリファイス」だけだ。
しかし日本国内でDVDが売られていないものが多い。
それらはオンラインで観ることができれば問題ない。
心に焼きつけるのだ。
「僕の村は戦場だった」は、1962年の作品だ。
原題を「イワンの少年時代」という。
これはこれこれこういう作品で、私はこう思いました。
といえないのがタルコフスキー映画だ。
ソヴィエト映画自体観るのがずいぶん久しぶりだった。
『終わりなきタルコフスキー』は、タルコフスキー作品を徹底的に解題している。
公開された当時は試写会なり劇場なりで鑑賞者にとってほぼ一期一会だった作品を今はくり返し自分の再生環境で鑑賞できる。
公開された当時の批評家達が、自分たちの観たものをよくわからなくて「難解だ」と片づけていたタルコフスキー作品だったが、その言葉に惑わされてはもったいないのだった。
ということが『終わりなきタルコフスキー』の冒頭に掲げてあり、私はなるほどと思って感心した。
ならば私も眼が見えるうちにタルコフスキーを観たおそう。
そう思った。
心に焼きつけて死の床まで持っていこう。