2024年11月9日に投稿された大吉堂@toyritzさんのツイートを拝見して思い出した小説の記録。「10代を挫けさせない、同性愛がメインまたはロールモデルになる物語」とは少しズレるかなと自分で判断したため直接リプライは送らなかった。
中島京子『やさしい猫』にて主人公の友達の少年が同性愛者で彼氏っぽい人も出てきたり(彼氏かどうかは明言されなかったと思う。アウティングされないことへの配慮の書きぶりに感じた)、津村記久子『水車小屋のネネ』では主人公のひとりである妹がするっと同性の恋人との失恋を経験していたりした。どちらも上記基準からはやや外れてしまうものの、何歳でも何処にでも当たり前に存在するクィアの自然な描写としてよかったのであった。
グリフィン『魔法の箱』は主人公の養親が女性婚姻カップル、ただ物語スタート時点で死別している。マギー・ホーン『はなしをきいて』は親との関係友達学校SNSと現代の十代をサバイブする少女達の話。恋愛相手は出てこないが、非常に細やかに「親から異性愛を期待される同性愛者である自分」を描く。SNSでの性被害の話と#Metoo。フェンダーソン・ジェリ・クラーク『精霊を統べる者』も女性同士。痴話喧嘩も仲直りもイチャイチャも力強さもある。
マイア・コベイブの自伝コミックエッセイ『ジェンダー・クィア』はまさにロールモデルの無さを何とかしようと描かれた作品でもある。同じ観点にテス・シャープ『詐欺師はもう嘘をつかない』。バイの著者がどんな物語にも《自分》がいないと体験したことから書かれたバイの少女を主人公にした小説。元カレ、今カノと三人で超仲良し。ただし親からの虐待、性被害の話(描写自体はない)もある。阿部暁子『鎌倉香房メモリーズ』には恋多き元気なバイの男性が出てくる(メインは男女の恋愛)。阿部は最近の二作でも同性愛への言及や登場人物があるのだが、書きぶりには後退を感じる。いい作家なので次作も読むつもりはある。
マーサ・ウェルズ「マーダーボット・ダイアリー」シリーズは異性カップルより同性カップルや多人数カップルが多く出てくるし、シーラン・ジェイ・ジャオ『鋼鉄紅女』は女男男が達成されたので快哉をあげた。ニー・ヴォ『塩と運命の皇后』はノンバイナリの主人公で、彼人が聞き取るお話の中に虎人の女性とヒトの女性の執着や愛憎が出てくる。
男性同性愛ものYAではやはりベンジャミン・アリーレ・サエンス『アリとダンテ、宇宙の秘密を発見する』だろう。友情と愛情、詩、家族の中で孤立しないところに救われる。マッケンジー・リー『美徳と悪徳を知る紳士のためのガイドブック』はちょいエロ有り。親の虐待&阻害から脱出する話。想い人とはラブラブになる。ヒストリカルロマンスなので、描く時代の同性愛差別、人種差別や障害者差別も含む。
直接の表現はないが、安壇美緒『ラブカは静かに弓を持つ』やスチュアート・タートン『名探偵と海の悪魔』はかなりクィア読みが出来る。
カリン・ロワチーもクィアを積極的に描く作家で『戦いの子』が師匠と弟子、養い手と子ども、あなたが正義、たったひとりの私の心臓として愛情全部乗せしてぐずぐずの関係になりそうだったところを若者の方の孤立の解消と適度な依存に切り替えたことで対等な感じになってずっと好き。ロワチーで手に入れやすいのは『この地獄の片隅に』所収「ノマド」。意思持ちパワードスーツと操縦人間のラブと哀悼。
異性恋愛がメインに現れないYAも色々あるが(異性愛って別に人生の基礎じゃないんだよということ)、『嘘の木』のフランシス・ハーディングの著すYAは基本、利害関係にある少女と少年が共に行動しながら異性恋愛が発生しない事はもっと広まってほしい。現代ファンタジーの名手でもある。『嘘の木』は父性社会に適応しようとして同性を見下す意識を内面化した少女が主人公。父親の虚飾が暴かれ、ミソジニーからの脱却を描くなか、終盤、脇役だった女性ふたりがカップル的(明言されてはいない)に描かれるシーンがある。
以下は挙げた本たちの感想の再掲。Twitterからコピーしたものと、タイトル表示のみはリンクを繋いだ。
2017年11月『嘘の木』
『嘘の木』面白かった〜! 「男の出来損ないでおつむの小さな」女の話である。夫以外の男に媚びる女、死者の出た家に同情しない女、よそ者の悪い噂を広める女、そんな女たちを軽蔑し父親を尊敬し科学者になることを夢見る正義感と復讐心と功名心で溢れた少女。種の起源が発表され、聖書と地球の歴史に齟齬があると判り始めた動乱の時代、たった一つ魔法的なものとして存在する嘘の木を主人公の少女は手に入れる。嘘の木と父親の名誉を巡って物語が進むうちに、夫に従い科学に興味を示さず噂話が大好きな女たちの仮面が剥がれていく瞬間にぞくぞくした。少女の功名心は空回りするも、復讐のやり方がとても利口で感心してしまうくらいだった。ヘビを友人にしているところも好き。その復讐心でどろどろなものがラストきちんと収まったのでこの本をめちゃくちゃ好きになった。「進化」の船で少女は進む。夢を諦めない話である。
2022年2月『名探偵と海の悪魔』
名探偵と海の悪魔、超絶面白かった! 17世紀半ば、バタヴィアからオランダへ戻る商船で起こる不吉な出来事は悪魔の仕業だという声が乗船する人々の心を捕らえ、船乗り・乗客・兵士と最初から三分割されていた船の雰囲気を更に傾かせていく。様々な立場と思惑のキャラ達を視点として動かし、「悪魔を信じる人々」を巧みに描く。悪魔なんている訳ないじゃんと思ってる自分でも白けず、そして残り100ページで綴られる怒涛に呑まれていった。事件があるので探偵と助手も乗り合わせているのだが、探偵は地下牢に閉じ込められ、推理には自信のない腕力が取り柄の助手が捜査を進める展開も、探偵ものの一形態として味わい深い。マヤユタカ系の探偵好きな人におすすめ。船旅の様子がすこぶる詳細で当時が見えてくる歴史ものとしても満足感がある。あとラストのラスト、なななななるほどね…!とずっと揺り動かされっぱなしになった。絶対的に男性の下に置かれる女性の立場についても言及がある。ここに出てくる探偵と助手は作中5年の付き合いで、互いの結びつきの強さ、会話の端々にのぼる思い出など、前作の3つや4つ在るのでは?!?!となりながら読んだが、これが全く初登場な二人組なんですよね…。濃かった。探偵なんて捕まってるから出番少ないのに…。ラストのラストの展開は結末がどうなるかでこの本を見放すかもしれん位の揺さぶりだったんですが、結末がなるほど!!!!だったので満足しました。きちんと現代に書かれた、現代を照射するタイプの歴史ものだった。
2022年4月『美徳と悪徳を知る紳士のためのガイドブック』
美徳と悪徳を知る紳士のためのガイドブック読み。18世紀イギリスの貴族の後継が主人公。当時の価値観や歴史をきちんと調べてある作品で、同性愛(それが愛とは看做されなかった時代)や肌の色、性別、病気に関する様々な差別にさらされる若者たちが、ひょんなことから命を狙われたり海賊に捕まったり冒険を経ながら自分の生き方を獲得する希望の話だった。主人公と親友の同性愛ロマンスの機微が繊細でよい。一緒に旅することになる主人公の妹が勉強大好きなのに「女」だからと学校にも通わせてもらえず、恋愛小説のカバーを付けた教科書で自力で勉強していたと判明するシーンのにやり度が高い。愛と冒険の物語の、なかなか進まない愛を主人公兄が、冒険を生き延びるすべは妹が担当しているのがよかったな〜。2017年で本国ではこのような話が出版されて人気になっていたという事実が羨ましい。2巻も読みたいです。
2022年12月『塩と運命の皇后』
塩と運命の皇后はノンバイナリが主人公で、登場するのはほぼ女性ジェンダーの人や虎で、ヘテロセクシュアリティのみが当たり前ではない=様々なセクシュアリティが当たり前である世界に立脚して、封印された「女」たちの歴史を語り直す・明らかにするアジアンファンタジーで良良良だった。口うるさい鳥も出る。
2023年2月『詐欺師はもう嘘をつかない』
2023年9月『鋼鉄紅女』
2024年3月『水車小屋のネネ』
2024年7月『精霊を統べる者』
2024年8月『ジェンダー・クィア』