「空を見上げたことはあるかい、青少年?」
目の前で仁王立ちをしていた吹雪さんは、いつものごついサングラスを片目だけ外して俺に視線を向けた。まるで一緒に夜空を見ようと誘われているかのようだった。というかこの人夜までサングラスつけてんのか。
はあ、そりゃまあ大人になるまでは大抵が上を向いて無邪気に笑ったりするものじゃないですかね。「そういう皮肉はタイミングをわきまえて」ああ、はい。すみません。
「じゃあ天体観測をしたことはあるかと訊こう。どうかな?」
「一応ありますよ」
天体観測というと厳かだが、義務教育の理科でも夜空についての授業はある。小学校の頃には真っ黒なゴーグルをつけて太陽を見た(直接見ないように注意)。
「私はね、あれになりたいと思ったからこの事務所を作ったんだ」
「どれですか」
「満点の星空、その舞台、天体! そのものさ!」
この「そのものさ」という言葉に掛かって巻き上げられた赤い花弁は間違いなくこの人の私物だ。道路にこんなに撒き散らかされた演出装置を掃除する術を持たない俺は正直内心途方に暮れていたのだが、俺のじゃないし。許してくれ、近隣住民。
「吹雪さん、名前からして曇天じゃないですか」
「やだなぁ! 比喩だよ比喩! きみは話ってものがわからないね! 嫌われたことない?」
「芸能人より猛烈に嫌われた覚えはないですね」
そういうとこだよ! と大仰な仕草で指をさされた。
「私の芸名よりも先に、ツッコむところを忘れているだろう! キミ」
まあそうだ。吹雪という苗字は元が芸名で、そもそも吹雪さんはトップスターなのだから。
「他の星を輝かせる気あるんですか?」
「あるよっ!」