5月末に福岡市内に引っ越すことが確定した。
本来、うつ病の療養を兼ねて地元に戻ってきたはずだったんだけど、家も地元もすべてがメンタルに良くなかった。いい歳した大人になって実家で暮らして文句を言うと世間様にとやかく言われるのはわかってるんだけど、実家はきょうだいがこの先暮らしていけるようにと以前に建て替えをしていて、名義は代表して兄のものになっている。私は当時東京で一人暮らしをしていて戻る気もなかったのにお金を払って(払わされて)いたので、実家に寄生しやがってという論調に単純に当てはめられたくはない。まぁそれはそれとして、もともとが所謂、機能不全家族だったのに、大人になってから上手くやっていけるわけがなかった。生活の中での折り合いがつかないだけでなく、当たり前のようにうつ病への理解もなくて、できないことがあれば罵られ、病院に行くと馬鹿にされた。私自身にも悪いところが多々あるのは勿論承知しているが、私以外の家族は自分は絶対に正しい/自分が気に入らないものは悪いという感覚で生きていて譲ることがないので本当にしんどい。と言いながら再び家を出るまでに随分時間が掛かってしまい、これはひとえに自分の至らなさである。
あと地元を好きでいられないことに若干の罪悪感のようなものがあるんだけど、しかし私は北九州市という土地がやっぱりどうにも嫌で仕方ない。単純に田舎だからという話ではなくて、文化レベルの低い地方都市だから嫌いだ。民度が低く、文化レベルが低く、マナーは悪く、街は汚い。自分たちのそういう部分を省みることなく、暴力団さえいなければすごくいい街です!みたいな顔をしてるところが耐え難い。母の地元は長野県松本市で、子どもの頃から長期休暇で遊びに行くたびに、北九州との差を感じては絶望していた。交通の便や商業施設など街としての発展具合では北九州市のほうが栄えているかもしれないが、しかし文化レベルでは圧倒的に松本市のほうが上だ。比べるのも申し訳ないくらいに。
職業に貴賎はないというのがこの世の建前だし、様々な仕事に従事する人のおかげでこの社会で自分も生きられている。なのでこんなことを言うのは本当によくないけれど、炭鉱と製鉄で栄えた肉体労働者の街は、後々の世になってもほかの地域とは明確な差がある。拭い難い現実として。
電車の床に座り込む。優先席で発泡酒や缶チューハイを飲み、ビニール袋からさつま揚げを取り出して手づかみで食べる。空き缶もごみも電車の座席や床に置いていく。新幹線が停まる駅から街中へ伸びる大型の歩道橋の上や、駅前のロータリーや、城の石垣前など人通りの多い場所で立ちションをする。道端や川に平気でごみを捨てる。歩き煙草もポイ捨ても当たり前。犬を散歩させてフンを拾わない。毎日新しい性犯罪のニュースが流れる。書き出せばキリがないし、情けなくて恥ずかしい。
私は地元で進学するのが耐えられず中学から横浜に出たけど、大半の地元民は地元から出ることなく、もっと高い水準を知ることなく、地元サイコーうぇーーいみたいな感覚でヘラヘラ生きている。それが本当に耐えられない。
北九州にも好きな部分はあるし、本気で地元を憂うなら何かを変える努力をするべきかもしれないが、そこまで愛着もないので、もう単純に抜け出したい。ちょうど仕事でもいろいろあって、グループ会社のもっと大きいところの、博多にある支店を紹介してもらえることになった。福岡に戻ってきたばかりの頃は東京への未練がすごくて、絶対いつかまた戻ろうと思っていたけど、時間が経つにつれてその執着も薄れてきた。世の中の情勢なんかも考えると、きっともう私の知っている東京ではないし、無理してしがみつかなくてもいい気がする。東京には遠く及ばなくとも博多や天神は十分に都会だし、商人の街なので、北九州とは雰囲気が違う。しかも福岡市内の中でも特に好きな街にいい部屋を見つけられたので、今はとても楽しみな気持ちでいる。
しかし新しい仕事は4月からなのに、引っ越しは5月末なので2ヶ月間は北九州から博多まで通わないといけない。耐えられるか1時間以上の通勤に。